文庫天国、古本地獄

ふるほん文庫やさんの奇跡

ふるほん文庫やさんの奇跡

全国で初めて、文庫オンリーの巨大古書店「ふるほん文庫やさん」をつくりあげた谷口雅男氏の、半自伝ともいうべき本。店のメルマガに連載してた原稿を、書籍化にあたって加筆訂正したものらしい。

「ふるほん文庫やさん」という店が、取り扱いは文庫のみで在庫11万冊(創業時)というのもかなり驚異的なんだが、それ以前の話として、そんな店を作ろうと思った谷口氏の人生そのものが常識はずれのおもしろさに満ちている。たとえば、その職歴。

ソープランドのボーイから始まって、キャバレーのボーイ→バーテンダー→喫茶店のチーフ→書店員→パチンコ店員という、やや水気の多い職歴を経て、23回目の就職で百科事典のセールスマンとなる。その次がメナード化粧品のセールスマン。ひとと対面する仕事が好きみたいだね。谷口さんは、この化粧品セールスマン時代にメキメキ頭角をあらわし、全国売り上げ成績ナンバーワンを達成する。いったいなんで彼がそんな高成績をおさめられたかというと、自分でも言ってるけど「根っからの偏執狂だから」らしい。思わず財布のヒモをゆるませる話術のうまさとか、奥様を惚れさせる甘いマスクとか、残念ながらそういう才能に恵まれたわけではないのだが、受け持ち地区の端から端まで、一軒残らず飛び込み販売を繰り広げるという、パラノイアックな営業戦略で、グラフをぐんぐん伸ばしていったのだ。

抜群の成績でテングになった谷口さんは、独立して仲間と新規化粧品メーカーを立ち上げるが、あっけなく倒産。ふたたびパチンコ店員からやり直すハメになる。さらっと書いてしまったけど、ここでもう一度パチンコ屋に戻れるっていうのは、じつはすごいことだよね。そこに谷口さんのしたたかさを見た気がするな。ともかく、2度目のパチンコ店で激務の日々をおくるうち、とうとう胃潰瘍となってしまう。そうして治療のための入院生活のなかで読書に目覚め、そこから文庫専門の古本屋を開業することを思いついたのだった。

この、開業準備へ向けての生活ぶりが、また常軌を逸したパラノイア加減でものすごい。なにしろ、日本一の店をつくるためには、当時、文庫の在庫量が日本一だった八重洲ブックセンターの10万冊を超えなければならないと考え、11万冊に設定した。それだけの本を集めるには、資金がいくらあっても足りない。だから、切り詰められるところは徹底して切り詰める。その最たるものは「食費」である。食事なんぞ、肉体を維持するために必要な最低限のタンパク質さえ摂取できればいいのだと考え、

  • 「朝」ロールパン1個、牛乳カップ1杯
  • 「昼」おにぎり2個、即席みそ汁
  • 「夜」納豆、豆腐、白菜

というメニューを二年半のあいだ毎日繰り返す生活を続けたのである。なんと極端な! これはマネできねーよなあ。もちろん服なんか買うのはもってのほかだ。店(パチンコ店)の制服の上にジャンパーを羽織り、店と寮とを往復するだけの毎日なので、衣服代は事実上ゼロ。パンツなんか擦り切れるまで履いたという。

で、そんな修羅のような倹約生活をおくりながら、あちこちの古書店をかけずり回って、当時の古書業界では不良在庫扱いされていた文庫本を安く買い集めていった。購入した本は、寮の自室にどんどん溜め込んでいき、部屋が一杯になると同僚の部屋へ。それすら一杯になると廊下や玄関などの共有スペースまでも侵食していった。そうして最終的に準備期間7年半を費やして11万冊を集めきったのである。

本書の中では、愛知県で開業した「ふるほん文庫やさん」が在庫の拡大にともなって北九州へ移転したところまでしか書かれていないが、現在は広島に移転しているらしい。それでもまだ遠いので、なかなか店を訪ねる機会に恵まれない。いつかは行ってみたいものだなー。