歌江の霊的くるくる波瀾万丈伝


『歌江の幸せくるくる心霊喫茶/正司歌江』(1982年 ダイナミックセラーズ
 池袋サンシャインシティ古書市で見つけた、歌江ねえちゃんの半自伝。非常に吸引力のあるタイトルに惹かれて迷わず購入。「幸せ・くるくる・心霊・喫茶」って、なかなか普通は結びつかない言葉を、よくもまあこれだけ集めたものだ。名コピーである。
 芸能界というのは、努力だけではどうにもならないことや、人と人の“縁”で運命が左右される世界だから、宗教やオカルト方面に傾倒する人が出てきやすい側面がある。あるいは、オッソロシー先輩から「お前も入信するやろ?」って言われたら絶対断れない、ということもあるんだろうけど、ま、それはどこの世界にもあることだ。

 旅回り一座の興行師の父と、そこの看板歌手だった母との間に生まれた歌江ねえちゃんは、3才のときに、病気で倒れた芸人の代役で初めて舞台に立ち「津軽じょんがら節」を唄う。以来、7才で漫才コンビ結成、続いて妹の照江との少女漫才で人気を博すが、戦争でそれどころではなくなってしまい、しばらく芸能界を離れてカツギ屋や女給をやることになる。やがて、三味線お座敷芸者などを経て、照江と花江という二人の妹と共に「かしまし娘」を結成し、ふたたび芸能界へと返り咲く。
 かしまし娘、わかりますかね?
「♪ ウチら陽〜気なかしまし娘〜、誰が言ったか知らないが〜、女三人そろったら〜、かしましい〜とは愉快だねェ〜」という名フレーズが忘れられない。

 ともかく、この本は戦前から戦後にかけて激動の芸能人生をくぐり抜けて来た著者が、その過程で体験した様々な不思議現象と、そこから得られた人生哲学を記したものである。
 奇異なタイトルのせいで、もっとヤバい内容なのかと思ったが、実際に読んでみれば、案外まっとうなことしか書かれていない。しかも、波乱に満ちた人生の有様が、お馴染みの軽快な大阪弁で綴られていて、非常に読み易い。ま、実際に書いたのはゴーストライターじゃないかなあと思うんだけど(なにしろ“心霊”喫茶だけにね!)。

 芸能界から離れていた時期の昭和28年頃、いじわるな姑に子供を奪われ、失意を胸に大阪を離れようとしたとき、動き始めた汽車の窓から照江ちゃんがハンカチに包んだヒロポンを差し出してくれた、という。すごいエピソードをサラリと書いていて唖然とさせられるんだが、そういう時代だったんだからまあしょうがない。

 あと、本書の後半では縁のあった芸能人らについて語っているが、楽屋で化粧を落とした長谷川一夫を「炭屋のオッサンみたい!」と表現するなど、いろいろ正直過ぎだと思った。