第4湯目「久の湯/葛飾区3番」

この日は綾瀬の「鳥の湯」に行こうと思ってたんだ。そしたらまたやっちゃった。定休日。ホントに間抜けだおれは。冬の暗い夜道を歩いていって、目当ての銭湯が休みのときほど絶望的な気分にさせるものはないね。これがオアシスを求めて砂漠を歩いてきたのだったら死んでるぞ。

でも、ここはゴビでもなければタクラマカンでもなく、カラハリでもブラックロックでもなく、鳥取でもない。落ち着いた態度でカバンの中から「湯めぐりマップ」を取り出し、近場の銭湯を探せばいい。あった。ここからさらに10分ほど南へ歩けば、「久の湯」ってのがあるじゃないか。

いまは公共のプールやサウナ、スポーツクラブなんかでは「入れ墨お断り」が常識だ。「刺青」とか「TATOO」じゃなくて、あくまでも「入れ墨」って書いてあったりするところに、アウトローへの強い拒絶の意志を感じたりなんかするんだが、銭湯ではそういう注意書きを見かけることはまずない。なぜなら、銭湯にとって背中に絵が描いてある人はお得意さんだからだ。

背中に絵が描いてあるといってもヤクザという意味ではないよ。昔ながらの職人さんたちのことね。彼らも腕や足、あるいは背中一面に彫り物を入れていることが多い。で、そうした職人さんたちは夕暮れ時に仕事を切り上げると、家に帰る前にまずは銭湯へ向かう。そこで肉体労働の埃と汗を流すのだ。だから、職人さんがたくさん住んでいる地域には、銭湯もまだまだ数多く現存している。亀有や綾瀬の銭湯で、脱衣所のお客さんを観察していると、でっかい鯉……が背中で泳いでる人や、きれいな牡丹……が二の腕に咲いてる人など、いろんな人がいて楽しいな。

「久の湯」は薬湯が名物のようだ。成分は忘れたけど、8種類の薬草だかなんだかが入ったうえに、ネットに入れられたリンゴまでプカプカ浮かんでいる。これがえらくいい匂い。まるで自分がアップルティーの具になったような気分。そして、薬湯の効果かどうかはわからないが、やたらと湯上がりの身体がポカポカする。でも、これはありがたい。アテにしていた一軒目が休みで綾瀬の駅から銭湯ふたつ分遠ざかってしまったからね。ポカポカのおかげで湯冷めしないで済みそうだ。

風呂から上がってひと休みしつつツイッターをチェック。すると、このあと寄ろうと思っていたもつ焼きの名店「大松」に、常連友達の奥さんがひとりで来ているという。こりゃいいや、ってんで早足で店に向かい、人妻とハイボールで乾杯したのだった。