Paint It, Black ─黒くぬれ!

一度でもマニタ書房に来たことがある方なら、様々に分類された本のジャンルのひとつに「やくざ」というコーナーがあるのをご存知だろう。お客様のニーズに応えるという理由はもちろんあるが、それよりも、まず店主が極道者たちにひとかたならぬ興味をもっているからだ。自分の好きな本だけ売る。それがマニタ書房の基本姿勢である。

あるとき、こんな本を仕入れてきた。ブックオフではない。場所は忘れたが、都内のどこかで開催された古書市での収穫の1冊だったと思う。


『関東やくざ者(もん)/藤田五郎』(1971年/徳間書店

仕入れてきた本をすべて読むなんてことは不可能なので、この本もしばらくは適当に積んでおいた。そしてあるとき、気まぐれで中をパラパラめくっていて、以下のような箇所を発見した。

本文のある箇所が、極太マッキーで黒々と塗りつぶされているのだ。分量にして3行。なぜ塗りつぶされたのか? 何が書かれていたのか? それを知ろうとして裏側を見ても、マジックのインキが染み込んでいて読むことは出来ない。

これ、気になるでしょー。なにしろやくざの本だしね。

塗りつぶしの前後の文章を読むと、舞台は刑務所だということがわかる。収監されている石川という男(やくざ)が看守を呼び止め、寝冷えがするので布団を干したいと懇願する場面だ。そして、3行がまるまる塗りつぶされ、その直後の文章を目で追うと……衝撃的なことが書いてあった。

石川は地恵子の命日に、まるで地恵子を追うように自殺したのである。

こ、これはひょっとして……!

あわてて最終ページをめくってみると、何やら紙を剥がしたような跡がある。

これは図書館の蔵書なんかに貼ってある管理ラベルの跡ではないか? 図書館で役目を終えた本が大量に破棄されて、古書市場にまわってくるというのはよくある話。だから、この本もそういうルートで流れてきたのだろう。でも、普通の図書館の蔵書が検閲でスミ塗りされているなんて話は聞いたことがない。戦前じゃあるまいし!

ということは、これは刑務所内の図書室の蔵書だったのではないか、という推理が成り立つ。刑務所だからといって、健全な本だけが置かれているわけじゃない。やくざ者の本だって希望すれば読むことが出来る、と聞いたことがある。ただし、具体的な犯罪の方法が書かれているようなものは許可されないらしい。そりゃそうだ。

で、シンプルに考えた。「同じ本をもう1冊探せばいいじゃん」と。それで該当箇所を見れば、何が書かれていたのか、何が塗りつぶされたのかがわかるはずだ。幸い、この徳間書店のドキュメントシリーズはベストセラーなので、あちこちの古書市で見かける。

そして、およそ1年後。それほど苦労することもなく、同じ本を発見した。

表紙のデザインが若干違っているが、最初に手に入れた方が14刷で、あとから入手した方は初版なのだ。表紙デザインの変化など、この際、重要じゃない。問題は中身だ。早速、該当の箇所を読んでみる(塗りつぶされていた箇所は赤文字にしました)。

 石川は、その日の朝、看守を呼んだ。担当の看守は、かねて懲役人仲間でも評判の悪い冷酷な男であった。
「なんだ、石川」
「担当。寝冷えで、蒲団を屋上に干すから出してくれ。それにおまえの手柄になるようないいものをついでに見せてやる」
 不覚にも、看守はその言葉につられた。石川は屋上で蒲団を干すとみせかけ、毛布を自分の顔にぐるぐる巻きつけたかと思うと、アッというまに十五メートル下の地上へ身をおどらせていた。石川の体は、マンホールの鋼鉄の蓋の上に叩きつけられた。即死であった。石川は地恵子の命日に、まるで地恵子を追うように自殺したのである。

そうなのだ。ある程度予想はしていたが、塗りつぶされた箇所には、具体的な自殺の方法が書かれていたのだった──。

これが本当にどこかの刑務所に所蔵されていたものだったのか、その真偽については、実のところどうでもいいと思っている。古本の痕跡からそういうストーリーを勝手に読み解いて、あり得るかもしれないドラマをたのしむ。それが、古本という世界の奥深さなのだ。

痕跡本のすすめ

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