映画『あの頃。』を見て

2021年02月19日

 劔幹人さんの原作を映画化した『あの頃。』を公開初日に観てきた。とてもいい映画でした。

 ぼく自身は劔さんより18歳年上で、この映画で描かれているアイドルオタクたちよりはかなり古い世代になる。ただ、アイドルを好きになる衝動は不変のものなので、そこはとても共感できた。

 以前にもツイッターでつぶやいたことだが、ぼくの初現場は1979年の相本久美子『チャイナタウンでよろめいて』の新曲発表会だ。生歌を聴き、レコードを買って、列に並んでサイン色紙をもらい、握手をした。ガッチガチに緊張して、満足に会話もできなかった。まるで劇中の松坂桃李のように。

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そのとき親父のカメラを借りていって撮った写真

 その後、ぼくは1983年に手にしたミニコミ『よい子の歌謡曲 8号』で、アイドルを必要以上に追いかけている人たちと出会い、その編集部に入り浸るようになる。これは劔さんが松浦亜弥きっかけでハロプロのヲタクたちと出会い、深い入りしていく過程とよく似てる。

『よい子の歌謡曲』のメンバーとして過ごした日々は楽しくてたまらなかったが、実はその一方で居心地の悪さも感じていた。これは言いにくいことだが、周囲の目がすごく気になっていたのだ。ぼくは、自分がアイドルファン(いまのニュアンスで言えばヲタ)として見られることに抵抗があった。

 だって(身も蓋もないことを言ってしまえば)モテないんだもん。アイドルファンの平均的な生活様式やファッションや言動は、どう考えても女の子が恋愛対象にはしない種類のものだった。それは『あの頃。』の登場人物を見ればわかるよね。

 ぼくはモテたくて仕方なかったのだ。アイドルは好きだけど、手の届かないアイドルよりも、現実の彼女が欲しかったし、キスしたかったし、セックスもしたかった。そっちの方が優先順位が上だった。アイドルファンとしては失格だよね。全然気合が入ってない。それは素直に認める。

 だから、ぼくは自分がアイドルファンであることに耐えられなくなり(具体的にはおニャン子クラブのファンが苦手で)、1987年に『よい子の歌謡曲』から離脱し、アイドルファンであることをやめる。

 それから約10年後にハロプロが登場し、さらにその7年後にAKB48がスタートするまで、ぼくはアイドルというものから離れて暮らすことになる。その間は歌謡曲もほとんど聴いておらず、集めていたレコードは全部物置に突っ込んでいた。

 それでライブハウスに行ったり、ブランド服を着たり、スポーツ観戦したり、ナンパしたり、いろいろとリア充っぽいことをやってみるのだが、イマイチうまくいかない。それは仕方がないね、元々オスとしてのスペックが低いんだから。

 それでも、幾度かの失恋を経たのちに出会った女性と恋愛し、結婚をして、子供も生まれた。この人生には満足している。けれど、これこそが正しい人生だったかと言えば、それはわからない。ぼくは自分の歩んだ以外の人生を見下すつもりはないし、羨むつもりもないからだ。

 あの頃。以降の劔さんは、犬山紙子さんという素晴らしい伴侶と出会ったし、ロビさんもとても楽しく生きているようにぼくには見える。早逝したコズミンさんとはお会いしたことがないので、実際にはどういう人だったかは分からないが、映画を見る限り、彼は彼なりに精一杯生きたのだろう。

 その人の人生の価値はその人の中にしか生まれない。アイドルを追いかけ、ミニカーを盗み、獄中生活を送る人生が間違っているとは、誰にも言い切れないのだ(いや、さすがにそれはどうかな)。

 ぼくは現実主義であり、死後の世界なんてないと思っている。だから、生きているうちがすべて。これは「今」がすべて、という意味じゃない。過去も現在も「生きているうち」だ。

 そういう意味で、『あの頃。』は単なるノスタルジーの物語ではないと感じる。過去に輝いていた時間は、現在の幸せ(あるいは不幸)な時間と、同じように価値があるのだ。