03 古本ゲリラと古物商許可申請と小野悦男事件

2012年5月マ日

 先月末、「古本ゲリラ」というイベントをやった。簡単にいえばひと箱古本市だ。古書店主ではない一般の人たちが、不要になった古本を持ち寄り、路上にビニールシートなどを敷いて売る。すなわち古本のフリーマーケット。最初に誰が企画したのかはわからないが、いまは編集者でありライターでもある南陀楼綾繁さんが各地で一箱古本市をプロデュースしており、ミスターひと箱古本市とも呼ばれていたりする。

 一般的なひと箱古本市と「古本ゲリラ」の違いは、出展者を業界人に限定していることだ。業界人というのも雑な表現だが、主催者であるぼくの友人知人のライター、作家、漫画家、デザイナー、ミュージシャンといった人たちに限定して声をかけ、彼らの蔵書を売りに出してもらう。当然、そこに並ぶ本はかなり特殊なものが多くなる。お客さんは、商品の希少性に惹かれて来る人もいるだろうし、あるいはその出店者のファンが蔵書を求めて来る場合もあるだろう。

 最初に「古本ゲリラ」のことを発案したときは、まだ自分で古本屋の実店舗を開業しようなどとは思っていなかった。ただ、昔から古本と古本屋が好きで、自分でも古本屋的なことをしてみたいという気持ちが強かった。それで、フリーマーケット形式で古本屋ごっこをすることを思いついた。

 最初に声をかけたのは、ぼくと一緒に「せんべろ古本トリオ」として活動している安田理央(アダルトメディア研究家)と柳下毅一郎特殊翻訳家、映画評論家)の二人。準備段階のときは「サブカル古本市」なんて身も蓋もない名称を付けていたけれど、さすがにそれじゃあんまりなので、3人でネーミング会議という名の飲み会をやった。ひとしきり案が出たあとに柳下さんが「古本ゲリラはどう?」と言って、それに即決した。

 出店メンバーは先の二人の他に、大森望掟ポルシェ小野島大加藤賢崇喜国雅彦渋谷直角常盤響豊崎由美(他にもたくさんいるが書ききれない。省略された皆さんごめん)といった人たちが参加してくれた。我が人選ながら錚々たるメンバーだったと思う。

第1回古本ゲリラの会場前に出したホワイトボードに、イベントタイトルとイラストを描いてくれている喜国さん。

 印象的だったのは豊崎由美さんの売り方だ。自分の売り物(読み終えた小説)のことをきちんと理解して、その商品がいかにいいものであるか、読みどころはどこなのかを積極的にアピールする。そのおかげで完売一番乗りをしていた。誰かが「ラジオを聴いてるようだ」と言っていたけど、本当にその通り。古本界のバナナの叩き売り

 古本ゲリラにおいて、主催者の自分は古本を漁る場というよりも、仲のいい友達や、久しぶりの友達に会えるという側面が大きかった。で、このときに実感したのが「古本を売ったり買ったりするのはやっぱり楽しいなあ」ということだった。この体験が、自分で古本屋を開業するという厄介な行動の背中をぐんと押してくれたのは言うまでもない。

 

2012年5月ニ日

 神保町・小川図書ビルの契約を済ませ、仲介不動産屋からビルの鍵を受け取る。いよいよこの物件が自分のものになったのだ(借りただけですが)。

 ビルの2階に入居しているアイドル写真集専門古書店「ファンタジー」のHさんにご挨拶。すると、驚いたことに彼はぼくの住まいがある駅と同じところに住んでいるという。そんなことがあるのか。ぼくは赤瀬川原平さんの影響で自分が遭遇した偶然な出来事はすべて「偶然日記」に記録しているので、早速このことも書き込んだ。

 その後、不動産屋の案内でビルのオーナーのところまで挨拶に行く。靖国通りの九段下寄りにある、洋書専門店「小川図書」の店主、濤川(なみかわ)社長だ。

 この濤川さん、名刺をいただいたら神田古書店連盟の会長でもあって、ようするに神保町の顔役なのだ。副業気分で古本屋に手を出した自分が、いきなり凄い人の店子になってしまい、ビビるしかないのだった。

 しかし、古本屋としてどうこうする以前に、まずは空っぽの事務所に机を入れて原稿仕事ができるようにするのが先決だ。店舗を構築していくのはそのあとの作業。開業目標は、年内の予定である。

 

2012年5月タ日

 店のために借りた部屋をどのようにレイアウトするかを考えるため、空いた時間を使って採寸に行く。売り物である本の搬入を兼ねて、家にある本の山をクルマに積む。家から神保町までは、道が空いていれば1時間ほどで着く。

 店の側にあるコインパーキングをアテにしていたのだが、あいにく満車だった。周辺をウロウロして空いているパーキングを探すが、なかなか見つからない。神保町にはパーキングがたくさんあるが、そのぶん利用者も多いのだ。

 白山通りのかなり水道橋寄りのところにやっと空いているのを見つけた。積んできた本の段ボールを持って歩くにはちと遠いが仕方ない。二往復して搬入は完了。

 そのあと、持ってきた巻尺で部屋のあらゆるところを測る。だいたいの部屋の形を俯瞰図にして、そこへ測った寸法を記入していく。図面なんかフリーハンドでいい。数字さえ正確なら問題はない。この辺のさじ加減は、元製図屋なのでお手の物である。壁面の寸法がわかれば、本棚を何台入れられるかの概算が立つ。

製図をやっていたおかげでこういう作業は屁の河童(妹尾河童とかけてある)なのだ。

 すべて終わって何もない床の中央に大の字に寝っ転がる。誰しもやったことあるでしょう?「今日からここがオレの城かぁ」ってやつ。

 気がついたら床で2時間くらい寝てた。いけねえ、いけねえ。あわてて車に戻ったら、駐車料金は2500円を超えていた。都心の駐車料金おそるべし! 次回からの搬入作業は、終わり次第とっとと引き上げるようにしなければ。

 

2012年5月シ日

 ネットで古物商の許可申請に必要な書類を調べる。あまりにたくさんの書類が必要で、事務作業が苦手な自分は頭がクラクラする。

 松戸市役所の市民課へ行き、「住民票(300円)」と「戸籍の身分証明書(300円)」を入手する。

 続いて、市役所の少し先にある法務局松戸支局へ「登記されていないことの証明」という哲学的な名前の書類をもらいにいくが、この支局では発行していないと言われる。申請用の書類だけもらって、記入したものは千葉市の法務局か、東京都の法務局」へ提出しなければならないのだという。同じ千葉県でも松戸市千葉市は遠いんだよね。でも、 東京都の法務局は九段下にあるというからラッキーだ。明日も神保町に行くつもりなので、そのついでに九段下の法務局へ行こう。

 

2012年5月ヨ日

 いざ、店をやるということになって、本棚の問題が急浮上してきた。借りた物件は白山通り側が一面の窓になっていて、そんなに広い面から直射日光が入ってきたら本が日焼けしてしまう。これを防ぐためには、この窓を潰す必要がある。いちばんいいのは、よく書店などが使っている背板付きの巨大な本棚を導入することだ。しかし、これがどこにも売っていないのだ。ネットで検索すれば、すぐに業者向けのサイトが見つかると思ったのだけど、どうにもうまくヒットしない。

 というようなことをツイッターでつぶやいていたら、フォロワーのKさんという方が連絡をくれた。曰く、「いまは実店舗を閉めて通販だけだが、以前は古書店をやっていた。そのときの本棚が余っているので、中古でもよければもらってくれないか」というのだ。これはありがたい。

 詳しく聞いてみると「背板はない」ということなので窓際対策には使えないが、ならば横の壁一面に設置するつもりだった本棚として使えばいいだろう。これだけでも、本棚導入の予算を半分に節約できる。

 Kさんの事務所は神保町からクルマで30分もかからない場所なので、さっそく見に行ってみた。縦板、天板、底部、棚板がすべて分解できるタイプなので、これならぼくのクルマ(常用の小型車)でも積むことができる。ただし、量が多いので1回では無理だ。後日、何度かに分けて運び込むことにしよう。

 他に、商品の陳列用とは別に、一般的なスチール製の本棚をネットで2台注文した。これは作業机(店主=ぼくの定位置)の背後に置いて、自分の蔵書や資料を並べておくためのものだ。

 ただし、こちらも分解できるタイプのスチール棚で、やはり背板はない。そしてこれを置く側の壁には小さいながらも窓がある。ということは、その窓から入ってきた日光が本棚に並べた本の小口側を日焼けさせてしまう。これは困る。窓にカーテンをかけることも考えたが、市販のカーテンでは紫外線を100パーセント防ぐことはできないだろう。どうしたもんかなあと考えて、いいことを思いついた。厚手の黒い紙を買ってきて、本棚の背に貼ってしまうのだ。何も背“板”でなくても、紙でかまわないのだ。これならずっと安上がりで済む。

ぼくは昔からこのスチール製の本棚を愛用し続けている。

2012年5月ボ日

 ニトリで購入しておいた作業机が届く。机というか幅1200ミリ×奥行き600ミリの単なるテーブルだが、それでいいのだ。これを2台横並びに配置する。右側のテーブルは古書店用のスペースとして、開業時に導入するつもりのレジスターなどを置く。左側はライターとみさわ昭仁の仕事スペースなので、パソコンや書類入れなどを置こう。これを機にデスクトップパソコン(iMac)を新調するつもりでいるが、とりあえずは外で仕事する用のMacBookを置いておけば、今後、立ち寄ったついでに仕事もできていい。

 食事ついでに合羽橋まで行ってみた。店の入り口に敷く足拭きマットを探しに来たのだが、全然ない。なぜだろうと不思議に思ったが、そうか、ああいうものは定期的にクリーニングする必要があるから、レンタルなのかもしれない。でもなー、レンタルするほど来客あるわけじゃないしなあー。

 と、ぶつくさ言いながら歩いていたら、普通に売っていた。

 神保町に戻ってきて某古書店の前を通りかかったら、店頭ワゴンに「雨の日特価でどれでも200円」との張り紙が。なんとなくピンと来たので覗いてみたところ、小野悦男の『でっちあげ』が並んでいるではないか!

 小野悦男は、首都圏連続女性殺人事件の犯人として1974年に逮捕され、一審で無期懲役の判決が下されるも、警察のでっちあげだと冤罪を主張。最終的に、捜査機関による自白の強要が問題となって17年後の二審で無罪となって釈放された。つまり冤罪事件のヒーローだ。この本は拘置所への収監中に出版されたもので、小野さんを支援する人々の証言を読んでいると「こんな心優しい人が連続殺人なんてするわけがないよなあ」という気持ちが湧いてくる。

 ところが、釈放から5年後に小野は別件の殺人事件で逮捕され、そちらは動かぬ証拠を突きつけられて無期懲役が確定。結局、人殺しなんじゃねえかよ! と、これまで冤罪運動に尽力してくれた皆さんの期待を盛大に裏切ってくれたのだ。それを知ってから読むと、なんとも言えない気持ちになる珍書なのだ。古書価はだいたい4000~5000円くらいはする。そんないい本が200円。しかも新品同様だった!

 犯罪本のコーナーは作るつもりだから、開店したらそこの目玉商品にしよう。