36 珍書とシーナとナスカジャン

2015年2月マ日

 自分で古本屋をやっていて嬉しいことのひとつに、仕事やプライベートで読み終えた本を自分の店で売れるというのがある。

 読み終えた本をよその古本屋に持ち込んだら、せいぜいが定価の1割くらい(2,000円の本なら200円。なんならもっと低い金額)でしか買ってもらえないものが、自分の店ならば定価の3割で並べておいても売れてしまう。書評のために読んだ新刊や話題の本なら、定価の半額でもすぐに売れる。これは本当にありがたい。

 また、ぼくのフリーライターという副業の観点から見ても、読み終えた本を即座に売ることができる利点は大きい。

 仕事柄、新刊チェックは日課のようにしている。連載している新刊紹介のコーナーのために話題の本はなるべく目を通しておきたいが、気になる本をすべて買うわけにはいかない。だから取捨選択をする。

 しかし、これまでは「いま新刊で買わなくてもいいかなあ」と迷ったような本も、読み終えたあとに自分の店に並べれば買い値の半額は回収できるのだと思えば、わりと躊躇せずに買ってしまえるのだ。

 

2015年2月ニ日

 今日は「珍書ビブリオバトル」に出演する日。ビブリオバトルとは何かというと、出演者が各自おすすめの本を持ち寄り、順番に壇上で持参の本の何がいいのか、読みどころはどこかなのをアピールする。それを観客による投票で順位を決めるという、本好きたちによる本好きたちのための素晴らしい遊びである。

 そもそものビブリオバトルは話題の小説や新刊などで行われることが多いが、今回のは「珍書」とあるくらいで、書籍のジャンルも新刊かどうかも問わない。たとえ古い本でも、珍なる書物で、それを面白おかしくアピールしたものが勝ち、というルールだ。出演者はハマザキカク氏(社会評論社、珍書プロデューサー)どどいつ文庫イトー氏(海外書籍販売員)、ひだまい氏(暗黒通信団)、それにとみさわ昭仁(マニタ書房)という面々。

 これだけの強者を相手に果たして勝てるのか……と思ったら、優勝してしまった。

▲優勝賞品は人参焼酎「珍(めずらし)」。お酒をもらって超嬉しそう
(写真提供:Tokyo Biblio)。

 ぼくが紹介したのは『よーいドン! スターター30年』(佐々木吉蔵著/1966年/報知新聞社)という本で、陸上競技のスタートラインでピストルを空に向け、ドンと号砲を鳴らす役目を30年もやってきた人の自伝だ。そんな本、どう考えてもおもしろいに決まってる! 60年近く前に刊行された本なので入手するのは簡単ではないと思うが、機会あればぜひ読んでみてほしい。

▲店に飾るのに一升瓶のままでは味気ないかと思い、
近所の徽章屋で優勝リボンを買ってきて付けてみた。

2015年2月タ日

 シーナ&ザ・ロケッツのシーナさんの訃報あり。六本木にあるハドソンでの定例会議を終え、乃木坂駅へ向かって歩いているときにスマホでそのニュースを目にした。息が詰まった。友人でも知人でもなく、一方的に好きなだけの人なのに、涙が溢れてきて止まらない。シーナさんの死そのものよりも、愛する妻を亡くした鮎川さんに感情移入しているのかもしれない。帰りの電車の中でいい大人がめそめそと泣いていて恥ずかしい。

 信じたくないニュースではあるが、この世の信じたくない出来事の大半はいつでも起こりうる出来事であるのをぼくは知っている。いまは手を合わせ、その眠りが安らかなるものであることを祈ろう。

 パンクロッカー、シーナ。数え切れないほどのロックンロールをありがとう。日本工学院ホールの最前列で見た、スタンドマイクにしがみついて歌うあなたの全身から放たれるロックの官能は、一生忘れることができない。

 いまから20数年前、ぼくが下北沢に住んでいたとき。茶沢通りの横断歩道で赤信号を待っていたら、道路を挟んだ向こう側に鮎川パパが幼い娘二人を両手に従え信号を待っていた。ほどなくして信号が変わり、すれ違う瞬間に父娘の会話が聞こえた。

「早くお家に帰ってママとケーキ食べようねー」

 幸福な家庭とロックンロールの両立はあり得るのだと、ぼくが理解した瞬間だ。

▲45年前、TVK『ファイティング80's』の公開録画ライブの際にもらったサイン。

▲中袋にはシーナさんにもサインしてもらい、ぼくの名前まで入れてくれた。

2015年2月シ日

 自分ではその番組を見ていなかったのだが、女優の二階堂ふみさんがナスカジャンを愛用しているというのを、Twitterを通じて知った。何かのテレビ番組でその名を挙げ、現物をスタジオに持ち込んで紹介してくれたらしい。しかも、私物のそれを嵐の大野智さんが羽織るという場面もあったようだ。とてもありがたいことである。

 悲しい出来事がひとつあれば、それを少しでも薄めてくれるように喜びの知らせもやって来る。4年前に妻を亡くしたときにも感じたことだが、こうして人生は泣き笑いを繰り返しながら少しずつ前へと進んでいく。

 

2015年2月ヨ日

 営業中、店内の本を5~6冊抱えたお客さんが「値段はいくらなんですか?」とおっしゃる。ほとんどの古本屋は、値札を最終ページに貼り付けるか、最終ページの上の角に鉛筆書き(マニタ書房もそうしている)ものだ。古本好きなら当たり前のことだが、あまり古本屋に行かない人にはその常識が通用しないのだろう。

 最終ページに書いてありますよ、と教えてさしあげたところ、手に持った本を一冊ずつ確認している。そうしてひと通り確認が終わったと思ったら……全部棚に戻して帰っていかれた。うちはそんなに高い値付けをしていないつもりだけど、1冊108円だとでも思っていたのだろうか。