52 チロルチョコとコペ転とデニムハンター

2016年6月マ日

 三センチ四方の四角錐で一口サイズのチロルチョコだが、その包み紙を広げるとジャストでトレカサイズであるのを知り、猛烈に集めたくなってしまう。トレカサイズということは、トレカ保護用のスリーブにもぴったり収まるわけで、トレカ収納用の9ポケットバインダーにも綺麗に収まるわけだ。

 しかも、チロルチョコはレギュラー商品の他に限定フレーバーがあったり、個人がオリジナルを作れたりもするから、そのバリエーションは無限だ。実際、コレクターが何人もいるらしい。

 まあ、その先には地獄の底なし沼が待っているだけなので、ぼくのような蒐集狂は手を出さないほうが身のためである。

 

2016年6月ニ日

 本日発売の雑誌『Spectator 36号 特集:コペ転』にて、ロングインタビューを受けている。出来上がった記事は、インタビューというよりも、ぼくについてのドキュメンタリーのようなものに仕上がっていて、我がことながらおもしろい。できれば一人でも多くの人に読んでいただきたいものだ。

 ちなみに、特集タイトルの「コペ転」というのは、コペルニクス的転回の略。コペルニクスが天動説を捨てて地動説を唱えたことから、世界の見え方が一気に変わる際の形容として使われる。それを「コペ転」と略したのは、ぼくの知る限りでは長谷川法世氏の『博多っ子純情』が最初だろう。

 

2016年6月タ日

 Twitter(現在はX)をエゴサしていて、ぼくの『無限の本棚』(アスペクト)をブックオフで入手したという方のツイートを見つける。

 ぼくは古本屋だし、ブックオフも大好きだから、そこに自分の本が並んでいるのは大歓迎だ。新刊ではなくブックオフで買ったその方にも何ら含むところはなく、楽しく読んでいただけるといいなと思うだけである。

 それより驚いたのは、その方のツイートに添えられていた画像だ(他人様の写真なので勝手に転載はできない)。それはブックオフの棚に『無限の本棚』が並んでいる様子なのだが、そこには「コレクション」と書かれた仕切板が挿してあるのだ!

 これまで日本全国のブックオフを500支店ほど巡ってきたけれど、コレクション関連の書籍をまとめたコーナーが作られているのなんて見たことがない。つぶやき主のプロフィールを見ると神奈川県在住の方らしいが、いったいどこの支店なんだろう……。

 

2016年6月シ日

 渋谷のブック1stで「BRUTUS」誌のバックナンバー(No.824)を立ち読みしたら、おもしろい記事が載っていたので購入。ネバダ州のデニムハンターの話である。

 デニムハンターというのは、廃棄された古い倉庫や廃墟などを訪ねて、ヴィンテージ物のデニム(主にジーンズ)を探している人たちのことだ。ヴィンテージデニムが高額で取引されているのは知っていたが、それを専門に集めて回る人たちがいたんだね。

 で、この記事でおもしろかったのは、彼らが目をつけたのが単なる廃墟ではなく、ゴールドラッシュ時代の廃鉱山だということだ。そう、一攫千金を夢見て金塊を掘る人たちは作業着としてジーンズを履いていたわけで、そんな彼らが脱ぎ捨てていったジーンズが出てくれば、たいへんな金額になるのだ。

 ぼくは昔から埋蔵金の話が大好きだけど、金が掘り尽くされた現場から、新たな金塊(ヴィンテージデニム)が出てくるかもしれない、というのは実に夢がある話じゃないか。

 

2016年6月ヨ日

 そろそろ本気でマニタ書房のレコード販売部門の改革に乗り出そうかと考えている。レコードは本よりもたくさん陳列できるから、うまく仕入れることができれば売上向上にもつながるはず。

 これまでは1枚1枚それぞれ値付けしていたが、あんまり意味がないし在庫管理がめんどくさくなるだけなので、100円、300円、500円、あとはそれ以上、という4段階に分けることにする。

 これからやるべきことは、自宅を片付ける→店に置いているDJシステムと個人的なレコードコレクションを自宅へ移動する→自宅のメタルラックを店へ運び込む→売り物のレコードすべてに新しい値付け(おもに値下げ)をして陳列する。……と、ここまでをなんとか7月中に済ませたいものだが、ズボラなぼくにそれができるとは思えない

 

2016年6月ボ日

 今日は店を休みにして店内で書きもの仕事をしていたところ、遠方から東京出張のたびに寄ってくださる常連さんがご来店されて、まとめて1万円も本をお買い上げくださった。ありがたいことである。よし、パーッと飲みに行くかー!

51 TONYレコードとリスを捕って売れ!とアレコード

2016年5月マ日
 マニタ書房が入居している小川図書ビルの2階にTONYレコードさんが入居してきた。そのおかげで、レコード目当てのお客様がうちにも流れてくるようになった。いままでは自分の不要レコードを置いているだけだったけど、こうなると商品としてのレコードを本気で仕入れたほうがいいのではないか、という気がしてくる。
 いやいやいや、当初に立てた営業方針がブレる店は潰れるので、レコードを売るにしてもほどほどにしておくべきだろう。

 

2016年5月ニ日
 ブックオフで仕入れた渋谷陽一氏の本に、とてもいい栞がはさまっていた。

▲古沢和宏さんの提唱する「痕跡本」も楽しいが、こうした古本に挟ま
っている紙モノも、集めてみるといろいろなことが見えてくるものだ。

2016年5月タ日
 ぼくはよく本にまつわるトークライブのときに、珍ビジネス書の『リスを捕って売れ!』をネタにするけど、冷静になってよく考えると、マニタ書房という店自体がまるでリスを捕って売ってるような商売だということに気がついた。著者の人、これまで笑ってすまなかった!

 

2016年5月シ日
 大阪へ出張する新幹線の車中、普段は見ることもない迷惑メールのフォルダを確認してみたら、TBSラジオ「伊集院光とらじおと」のディレクター氏からメールが来ていた。珍レコ紹介コーナー「アレコード」への出演依頼である。メール到着からすでに9日も経過していたので、依頼がまだ有効がどうかはわからないが、あわてて返信する。

50 アビーロードとエアロビスタジオと吉野朔実さん

2016年4月マ日

 昨夜、仕事帰りに地元のリサイクルショップを覗いてみると、店頭ワゴンの中に何枚かの中古レコードが並べられていた。ひと通りチェックしてもありきたりのものばかりで、収穫と言えるようなものはなかった。それでも、こういう行為を徒労と思わずに見る習慣をつけるのは大事なことだ。コレクターなら、そして古物商なら尚のこと。

 

2016年4月ニ日

 熱心なビートルズファンの男性が、8年もの年月を費やしてイギリス国内にある全132箇所の「アビイロード」を訪問したというニュースを見た。

 記事によると男性は〈家の近くにビートルズのアルバムとは関係がない“アビイ・ロード”があった〉ことを知り、ならばイギリスにはどれほどの“アビイ・ロード”があるのかが気になり始め、それらをすべて訪ねてまわったのだという。

 まるでエアコレクターの鏡のような人である。

 エアコレクターというのは、ぼくが提唱しているコレクターの概念で、何も集めないコレクター、つまり究極のコレクターの在り方だ。

 日本は地震大国だ。地震、火事、雷、津波。いつなんどき自然災害が襲いかからないとも限らない。ひとたび津波に襲われれば、家もコレクションも、ときには家族さえも失ってしまう。そんななかで物を溜め込むことにどの程度の意味があるのか。物はいつかは消えてなくなる。だから、現物に頼るのではなく、概念を集めればいいのだ。

 ……という非常にわかりにく〜い話なので、正しく理解したい方は拙著『無限の本棚』を読んでいただくのが一番なのだが、まあ、かなり乱暴に要約するとスタンプラリーみたいなことだ。そして、このイギリスの男性は自分で、ビートルズの「アビイロード巡り」というスタンプラリーを発見してしまい、それを達成したというわけだ。この人と一緒に昼酒を飲みに行きたい〜。

 ちなみに、イギリスにはそんなにたくさん「アビーロード」があんの? と素朴な疑問もあるのだが、「abbey」は「修道院」という意味なので、日本で言うところの「〜参道」みたいなことだという。そりゃアチコチにあるやね。

 

2016年4月タ日

 店番をしていたら、植地毅さんがご来店。ぼくのゲームデザイナーとしてのデビュー作である『エアロビスタジオ』の北米版ソフトを持ってきてくれた。

 あれは当時、バンダイの下請け会社からの「ファミリートレーナー用にエアロビクスを題材にしてゲームを作る」というザックリした依頼で、開発用のトレーナーマットも支給されなければ、定例会議も何にもなかった。ただぼくがエアロビのビデオを見ながら絵コンテに書き起こし、数週間でチャチャっと仕様書にしたやっつけ仕事だった。仕様書を提出してから数ヶ月後に、忘れた頃に完成品のカセットがひとつ送られてきただけである。

 だから、その後に海外版が作られていたことなんて知るはずもない。そのパッケージを目の前に出されて「へー」と驚きはしたものの、これといってなんの感慨もなかったな。

 

2016年4月シ日

 今日、ある友人に急に誘われて北千住の幸楽へ行く。すると、そこには共通の友人である中川いさみ氏と吉田戦車氏が先に来ていた。そしてよく見れば三人とも喪服を着ている。なんと、吉野朔実さんの葬儀の帰りなのだという! 急逝された吉野さんの葬儀帰りで、この店で飲んでいたとのだそうだ。

 吉野さんの死はあまりに急なことで、彼女の手帳に残されていた仕事仲間にしか連絡ができずにこのようなことになったが、とみちゃん(ぼく)も彼女とは親しかったので早めに知らせるべきだと、こうして呼んでくれたのだという。 

 彼女の急逝にぼくがどれだけショックを受けたかをここに書いても意味がない。ただ、みんなと別れたあとに自分の行きつけの店へ行き、涙の流れるままに一人でラムソーダを飲んだ。

49 呪われた物件と無限の本棚とスケバン不法集会

2016年3月マ日

 神保町・駿台下の交差点から、マニタ書房につながる路地へ入る角に、商売の神に見放されているとしか思えない物件がある。

 ぼくがマニタ書房を開業した2012年の時点で、そこは炭火焼き肉の店だった。どんな営業形態かはわからない。なぜなら、道路に面した角二面の壁を真っ黒に塗り、窓もすべて潰してあったからだ。「うちはシックな高級店ですよ〜」という主張しか感じ取れるものはなかった。いつから営業していたのかは知らないが、あまり客足は伸びなかったのだろう、2013年には閉店してしまった。

 次にその物件に入居したのは、ワインバーだ。2014年4月のオープン時には、店頭に開店祝いの花がいくつも置かれていた。

 外装は前の焼肉屋のものを受け継ぎ、壁の色は黒から焦茶色へと塗り替えられていた。しかし、相変わらず窓がないままだったので、どんな営業形態の店なのかは外からは伺えない。そして、一年と持たずに閉店した。

 2015年になると、その場所は家系ラーメンの店に変わった。いかにも家系らしく赤色のどデカい看板が店頭に掲げられ、「濃厚豚骨ラーメン!!」だの「元気に支度中!!」だの、めんどくさい自己主張を周囲に発散していた。ぼくは麺類大好き人間だが、家系ラーメンは苦手なので滅多に食べない。だからその店にも一度も入店しなかった。さすがにラーメン屋なので窓を大きく取った開放的な店構えではあったが、いつ中を覗いても客席はガラガラだった。

 味より何より、ぼくがその店にいい印象を持てなかったのは、店頭に大きく「仙台四郎」の肖像を掲げていたことだ。

 仙台四郎とは、幕末から明治にかけて現在の宮城県仙台市に実在した人物である。知的障害のあった四郎は飲食店を訪ねては食べ物を施してもらっていたが、四郎は美味い店にしか行かないという噂が広がり、いつしか「四郎が来た店は繁盛する」という迷信に変わっていった。いまでは、その肖像写真が商売繁盛の縁起物として、グッズ化されているほどだ。

 四郎は1902年に亡くなっているので、肖像権もすでに消滅している。したがって、その写真が商品として売られていても法的には問題がないし、全国各地の飲食店が店内に飾るのも自由だ。だけど、それを巨大な(ぼくの記憶では2×2メートルくらいあった)看板にして、外壁に店のアイコンとして掲げるのは道義的にどうなのかと、ぼくは疑問を感じてしまうのだ。

 ここまでに紹介してきたどの店もそうだが、新装開店直後はそこそこお客さんが集まる。神保町という、人が集まりやすい町なのだから当然だろう。しかし、どの店も半年ほど経ったところでパタリと客足が途絶える。やはりこの場所に何らかの呪いがかかっているとしか思えない。

 2016年現在、まだその店は営業を続けているが、果たしていつまで続くやら──。

 

2016年3月ニ日

 毎度毎度、営業時間の定まらぬ方針でお客様には不便を強いておりますが、とくに反省もせずに今日も何食わぬ顔をして店を開ける。

 帳場に座り在庫の整理などをしていると、段ボール箱が届いた。今月22日に発売される新刊『無限の本棚 手放す時代の蒐集論』(アスペクト)の見本誌である。ゲラで何度も見ていたが、いざ現物を手にしてみると、我が本ながらとてもいいカバーデザインに仕上がったと思う。

 当初は、ばるぼら氏が自身のブログ用か何かの目的で撮った写真を、ご本人の許可を得て使用する予定だった。雑多な本が積んである様子が「無限の本棚」のイメージにぴったりで、まるでこの本のために撮り下ろされたような写真だった。

 ところが、ある程度デザイン作業が進んだ段階で、デザイナーから「解像度が足りない」とNGが出た。それで急遽、マニタ書房の店内で本を積み上げた壁を作り、あらためて撮影し直すことになった。

 ばるぼら氏の写真に写っていたのは書物というより薄手のミニコミや小冊子が大半で、それが一層の無限を感じさせていた。だが、マニタ書房には薄手の冊子はそうたくさんはない。だから、なるべく薄い本を選んで積み上げてみる。

▲撮影の舞台裏。これを右方向から撮ったのがカバー写真となった。

 何回かテスト撮影してみたところ、あることに気がついた。一般的な書籍というのは背表紙にタイトルが書いてある。これらのタイトルが読めてしまうと、そこに別の意味が生じてしまうと思うのだ。

 意味は要らない。ただ、ただ、意味もなく本が無限に積み上がっている光景が欲しい。だからこその「無限の本棚」なのだ。

 そこで、ばるぼら氏の写真のような無意味さを出すために、ひと工夫を施した。まずは積み上げる本を一冊おきくらいに小口を向けて、背表紙が読めないようにした。しかし、それだけだとなんだか写真として美しくならなかった。

 ならば、いっそのこと見える背表紙に意味を持たせてしまってはどうかと考えた。いかにもマニタ書房らしい珍奇なるタイトルの本を、あえて紛れ込ませておくのだ。そのうえで、くっきりとは見えないけれど、よ〜く目を凝らせば文字が読める程度の解像度になるように距離と画角を調整して、撮影する。

 そうすれば、この本を手に取った人がカバーをしげしげと眺め、「うわ、飲尿の本がある!」「『太る健康法』って何じゃそりゃ!」みたいな楽しみ方ができるのだ。

 最終的に、ADのこじままさきさんによる処理もピタリとはまって、とても愉快な感じの装丁になったのだった。

 

2016年3月タ日

 終日、確定申告のために領収書の仕分けと、店の台帳の整理に追われる。

 フリーライターだけやっていた頃は確定申告も自力で何とかしていたが、古本屋を始めて台帳をつけるようになったら、もうぼくの手には負えない。そこで、元銀行員でいまは会計事務所勤務という経歴を持つ姉からの「青色申告をすべき」とのアドバイスに従って、マニタ開業の翌年からは、姉の勤める事務所に確定申告をお任せしている。担当の税理士さんが「14日までに資料を揃えてくれたら間に合わせます!」と言ってくださったたので、もうひと頑張りしよう。

 

2016年3月シ日

 気になっていた新刊『大韓不法集会』(オークラ出版)を購入。
 これは、ラフィンノーズのチャーミー氏が、韓国産のインディロックによる衝撃をコンパイルし、一冊の書物にまとめたものだ。まだ日本では知られぬ韓国のアーティストたちの魅力が、日本のハードコアシーンを切り開いてきたチャーミー目線で、つぶさに紹介してくれている。

 ひと通り読んでいくと、チャーミー氏が「不法集会」という言葉にどれだけのこだわりを持っているのかがよくわかる。ぼくが主催した古本ゲリラも、当初は「古本不法集会」にする案があったが、安易にパクらなくてよかった……。

 ところでこの本、始めて書影を見たときから既視感を覚えていたんだけど、やっとわかった。マニタ書房の売れ筋商品、前原大輔の『スケバン』である。

 

2016年3月ヨ日

 いま町の新刊書店(東京堂書店を除く)を見てまわると、そのほとんどの平台がビジネス書、ベストセラー小説、自己啓発本の三種に占拠されていることに気づく。それは売り上げを優先していった結果なのだろうけれど、そんな売り上げと引き換えに、町の本屋は本当につまらない場所になってしまった。

 とくに神保町の住人としては、数年前に三省堂本店が1階フロアで行ったリニューアルに失望させられたものだ。上階ではまだまだおもしろい棚づくりもやっているが、それはできれば1階でこそやってほしいのだ。よほどの読書家でもない限り、本屋の二階になんて上がっていかないのだから。でも、経営陣は文化の育成より、実益を取ってしまったんだろうな……。

 

2016年3月ボ日

 神保町の町内会が、お祭りのための寄付を求めにやってきた。この方はぼくが大の祭り嫌いだということを知る由もないのだから、これは仕方のないことだ。だからといって、大嫌いな祭りに協力するのも癪だ。なので丁寧にお断り申し上げた。地元の祭りになど協力したところでマニタ書房には何もメリットがないし、むしろ騒音が原稿執筆の妨げになるだけだ。

 こんな了見の狭いことを言っていると、いつか神保町から弾き出されてしまうかもしれないな。

48 アース&トイレット博士と無限の本棚

2016年2月マ日
 モーリス・ホワイト死去。ぼくはソウルミュージックに目覚めたのが遅いので、アース・ウインド&ファイアーを聴き始めたのもずいぶん遅いのだが、それでもやはり74歳での死去というのは早すぎるし、まだまだ活躍を見せてほしかった。
 中学時代、レコード屋に勤めていた近所のお兄さんから何枚かレコードをもらったことがあり、その中に「アース&ファイアー」というバンドがあった。ウィンド無えのかよ! とすかさずツッコんだものだが、あとで検索してそれがオランダのロックバンドであることを知った。
 そのときもらったレコード『Seasons』は一度も針を落としたことがなく、とっくに処分してしまったが、いま改めてYoutubeで聴いてみたら……。

https://youtu.be/qN24NwMSBHM?si=1Tcd_F_-c3kurRJa

 これがホワイトストライプスの『I think I smell a rat』の元ネタであることに気がついた。やってくれたなー。

https://youtu.be/_ALZTuyM7lg?si=uwBt2ioyLJJBBbr1

 そして、ホワイトからホワイトにつながったのであった。

 

2016年2月ニ日
 日常的に「どの店に行った」「何を食べた」「何を見た」などとSNSに投稿することが多い。自身の居場所が特定されないように時間や地名をボカすのはSNSを運用する際の基本とも言えるが、ぼくはけっこう迂闊にリアルタイムでつぶやいてしまう。
 有名芸能人ならいざ知らず、ぼく如きがストーカーを心配する必要はないのだが、それでもときおり、居場所を特定されて急に会いに来られたらどうしよう? と不安になる瞬間もある。
 だが、その直後に我に返る。行きつけの店がバレることよりも、そもそも長時間滞在している「マニタ書房」は住所を公開してるんだから、自分の居場所を隠す意味なんてないのだった。
 だから、とみさわ昭仁に会いたいという奇特な方いるのなら、いつでも店に来てくれれば会えます。ただし、店番してるからといってヒマなわけではないので、何か話をしたい方は事前にアポイントを取っていただけるとありがたい。

 

2016年2月タ日
 今日は、とりいかずよし先生のトークショーを見に来た。

 トークは、いまだ衰えない先生のサービス精神に感銘しっぱなしの4時間であった。ただ、司会を担当した人物があまりにも物知らずで、せっかく先生がトークで発した単語を拾えず、話題がまったく広がらないのが残念だった。現場で見ていて腹立たしいことこのうえなかったのだが、そのことはまあ、ここでは語らない。
 それはそれとして、いまから15年ほど前に神保町の某古書店で『トイレット博士』の原画を見つけて、連載当時に大好きだったコマが含まれてる1ページだけを購入し、大切にしていた。しかし、どういう事情で流出したにせよ、こういうのは本来なら作家本人が持っているべきもの。ぼくはあくまでもこの原画を預かっているだけの立場。だから、いつかとりい先生にお会いできる日が来たら、ご本人にお返ししようと思っていた。

 そして、この日、とりい先生にお会いできるチャンスが来た。いまこそお返しするとき! と、その原画を持参して今日のトークイベントに参加したわけだ。
 トークショーの後、サイン会が始まった。原画をお渡しするため、ぼくは客席でサイン会が終わるのを待っていた。すると、サイン会の列に並んでいたあるファンが取り出したアイテムに注目が集まった。
 なんと、その彼が取り出したものもまた、『トイレット博士』の原画の一枚だったのだ。
 先生を囲むファンたちの現場に漫画の生原稿が出現したら、そりゃ盛り上がりますわな。ワイのワイのとひとしきり盛り上がったあと、そのファンはまた原画を自分の鞄にしまった。
 念のため言っておくと、とりい先生は漫画家を廃業した際に、もう漫画は描かないということで、保管していた原画をすべて処分したという。だから、『トイレット博士』の原画が神保町などで売りに出されていたのも不思議ではない。ぼくはそれで購入したし、そのファンの方もきっとどこかでその出物を買ったのだろう。
 で、その彼がとりい先生に原画を見せて、先生が和かに笑い、原画をまた鞄にしまった様子を見て、ぼくは自分の持っている原画を先生にお返しすることをやめた。
 だって、この流れでぼくが原画を取り出して先生に「お返しするべきだと思うので──」なんて言ったら、先に原画を見せた彼も手放さなきゃならなくなる。そうさせるのはぼくの本意じゃない。
 だから、ぼくはサイン会が終わるのを待たず、先生にはとくに声をかけず、原画をお見せすることもなく、サイン会が終わる前に退散したのだった。べつにサインが欲しいわけではない。それよりも、ぼくが生まれて初めて大好きになった漫画の作者が、いまもお元気でいらっしゃることを目の当たりにできただけで、もう胸がいっぱいなのだ。

 

2016年2月シ日
 この半年ほどずうっと書き続けてきた本を脱稿し、ゲラチェックもすべて終わり、ようやく発売日と価格が決まった。アスペクトより3月23日発売、『無限の本棚 手放す時代の蒐集論』。本体1,480円(税抜き)。
 内容を簡単に説明すると、ぼくが子供の頃に初めて酒ブタ(日本酒のキャップ)を集めることでコレクションのおもしろさに目覚めてから、50歳に至るまでの様々なコレクション遍歴をたどり、最終的に古本屋開業までに至る物語。それがはからずも前代未聞の蒐集論になっているという、そんな本である。
 これまで数え切れないほどの「コレクション本」や「蒐集論」に触れた本を読んできたけれど、人がものを集める衝動の本質を突いている本には出会ったことがない。今回、おそらく世界で初めて、そのことを書いた本になっていると自負している。
※2018年に筑摩書房で文庫化されているので、お求めはそちらでどうぞ。

47 ファミコン神拳とゲームセンターあらしと松田聖子の埴輪

2016年1月マ日
 ぼくが20代のときにメンバーとして参加していた少年ジャンプの袋綴じ企画に「ファミコン神拳」というものがある。注目ソフトである『ドラゴンクエスト』情報のスクープを連発して、ファミコン大好き少年たちを熱狂させた名物ページだった。
 記事を書いていたのは、ゆう帝、ミヤ王、キム皇、てつ麿、カルロス(とみさわ)、コマル大王の6人。いまでは多くの人が知るところだが、このゆう帝とミヤ王というのが、実は『ドラクエ』を作っている張本人の堀井雄二さんと宮岡寛さんだった。そりゃスクープ連発できるわけよね。
 そんな伝説の企画を振り返って一冊の本にまとめようということで、『週刊少年ジャンプ秘録!! ファミコン神拳!!!』というムック本の企画がスタートした。発行はホーム社
 で、その編集作業を進めるためには、過去に「ファミコン神拳」の袋とじが掲載された「少年ジャンプ」を手に入れなければならない。袋とじをすべてスキャンして再び掲載するためだ。
 もちろん、ホーム社集英社のグループ会社なので、ジャンプ編集部の資料室も自由に利用することができる。担当スタッフが資料室にこもって過去の「少年ジャンプ」のバックナンバーを片っ端からチェックしていき、ほぼすべての掲載号を確認することができた。資料室でも見つからなかった号は、古本屋さんの通販サイトやYahoo!オークションなどを駆使して入手していく。少しくらい高くても必要経費で落ちるから大丈夫。
 ところが、担当スタッフ曰く「最後の1冊がどうしても見つからないんですよ〜」と言う。当時の「少年ジャンプ」は毎週450万部くらい売れていたから、この世のどこかには何冊か確実に残っているはずだ。行くところに行けばあるに決まってる。
 うーむ、ひょっとするとあそこなら……と、そのスタッフを連れて神保町のとあるレトロマンガ専門古書店に連れて行ったら、ズバリ! まさに探していた号の在庫があって、無事に入手が叶った。ぼく自身も、古物商としての面目が立ったのだった。

 

2016年1月ニ日
 世田谷ボロ市を訪ねる。ここでは古本の出物はそれほど期待できないが、中古レコードとかガラクタの類で、マニタ書房に置いたらおもしろそうなものはないだろうかと、会場を端から端まで見て歩く。
 すると、ある出店者の段ボール箱の中から『ゲームセンターあらし』のメンコが出てきたので、5枚まとめて買わせてもらった。ボロ市の名にふさわしく、タダみたいな値段で譲ってくれたので、そのうち店に1枚100円くらいで出そうかと思う。

 

2016年1月タ日
 友人で画家の山内崇嗣さんが店に遊びに来てくれて、「とみさわさん、こういうの好きでしょ?」と、松田聖子の埴輪をくれた。

 さすが、わかってらっしゃるなー! 最高!

 

2016年1月シ日
 マニタ書房の真向かいにある姉川書店さんが、猫本のフェアをやっていた。出版の世界において「猫」というジャンルは根強い人気があるのだろう。本に限らず、レコードの世界でも「猫ジャケ」と呼ばれるジャンルがあって、それらをコレクションした本も出ている。


 うちでも猫本コーナーを作ってみるか! と考えて在庫を調べてみたのだが、可愛い猫ちゃんの本など一冊もなかったし、いちおう設けてある「どうぶつ本」コーナーに並んでいるのもこんな本ばかりだった。



46 店の表札とトニイ45の看板とウルトラクイズ

2015年12月マ日
 マニタ書房は、営業しているときは一階に看板を出している。当然、営業していないときは看板は出していない。ところが、どうしたわけか看板を出していないのに店がある四階まで上がってきてしまうお客さんが、たまにいる。
 神保町の小川図書ビル四階は、マニタ書房の店舗でもあるけれど、ライターとみさわ昭仁の事務所でもある。店はやっていなくても、ドアを閉め切って中で原稿を書いていることもある。ただ、面倒なので施錠はしていない。そこを不意に開けられるので、ギョッとしてしまう。まあ、正確にはいきなり開けられて気づくのではなく、階段を上がってくる足音が聞こえるので「あっ、またお客さん来ちゃったな……」と事前に気づきはするのだけど。
 ともかく、看板も出していないのにお客さんが上がってくるのはなぜなんだろうと、考える。おそらく「営業中は看板を出す」というルールを知らず、一階の郵便受けのところにある「マニタ書房」という表札だけを見て、「おっ、こんなところにも古本屋がある!」と上がってきてしまうのだろう。
 表札の「マニタ書房」という文字をもっと小さくするべきかもしれない。

 

2015年12月ニ日
 ついこの間まで『キャンディクラッシュ』系のスマホゲームに夢中になっていて、ずいぶんいろんな類似ゲームをやり続けていたけど、あれはヤバい。時間泥棒。人をダメにする。さすがにこれはよくないと思って、スマホに入れていたゲームを全部削除して、これまで電車移動のときゲームに費やしていた時間を、読書に切り替えた。
 ぼくは「読書」「映画」「ゲーム」といった趣味への欲望に波があって、ひたすら本が読みたくなる時期と、映画を見たくなる時期、ゲームをやりたくなる時期が交互にやってくる。それが「ゲーム」から「読書」へと切り替わったのだろう。本当は満遍なく様々な娯楽を摂取できればいいのだけど、そこは無理してもしょうがない。なるようにしかならいのだ。
 読書期間に突入したからと言って、たいして高尚な本を読むわけでもないが、それでも活字を目で追っていると、急激に自分の脳が活性化すしていくのがわかる。ゲームに明け暮れていたときとは違って、どんどん思考が動き出すのだ。
 なんてことを言うとゲームをディスってるように受け止められるかもしれないが、そんなつもりはない。ぼくはゲームの味方ですからね。真意はわかってくださいますよね。ともかく、スマホからゲームアプリを全削除した効果てきめんで、積ん読がどんどん消化されていっている。

 

2015年12月タ日
 店の隣のビル解体が済んで、ずっとビルとビルの隙間に隠れていた中古レコード店トニイ45の看板が出てきた。


 まだぼくが、将来ここで古書店を経営するなんて考えもしなかった頃、ちょくちょくレコードを買いに来ていた店だ。
 一瞬「この看板ほしい!」という考えが頭の隅をかすめたが、それ以上深く考えることもなく忘れてしまった。しばらくの間はコンクリがらと共に雨ざらしで放置されていたけれど、その後、誰かが撤去したのか、看板はなくなり綺麗さっぱり更地となった。
 で、そうなってから後悔した。「やっぱり看板もらっておけばよかったなー」と。まあ、写真だけでも残せたのでよかったと思えばいいか。

 

2015年12月シ日
 店番をしていると、月に一回くらいの頻度で飛び込みの営業さんが来る。しかし、当店の店主は「幸福は外からはやってこない」という考え方の持ち主なので、いつも5秒で帰っていただくことになる。説明も聞かないし、パンフも受け取らない。階段を四階まで上がってくるだけ無駄。郵便ポストにチラシを入れてもすべて読まずに捨てています。

 

2015年12月ヨ日
 この世界のどこかには、きっと『ウルトラクイズ』の本を集めている人がいるはず! と信じて、古書市などで見かけるたびにコツコツ仕入れて、わざわざ「クイズ本」の仕切りまで作って店に並べておき、月日が経つこと三年。今日、ついにそういうお客様が現れて、『ウルトラクイズ』本をごっそり買って行かれた。これぞ古本屋の醍醐味である。

 

2015年12月ボ日
 本日は2015年度の最終営業日。今年も一年ありがとうございました。来年の目標は、
  1、DJシステムと自分のレコードを撤去して商品陳列を充実させる。
  2、新入荷コーナーを拡張する。
  3、ライブ、イベントなどのフライヤーを置き場を作る。
 この3点です!