2010年ワセチクで宇宙の旅

去年の最後の劇場観賞映画がフランキー堺の『喜劇 駅前番頭』で、そりゃたしかにおもしろい映画にはちがいないけど、ゼロ年代(笑)の締めくくりに見たのがそれっていうのはちょっとどうなの? というカンジで、年が明けたらもうちょっとイカス映画を見に行こうじゃないのと思っていて、そんなところにワセチク(早稲田松竹)の新春興行が『2001年宇宙の旅』だという情報が入ってきたもんだから、さっそく出掛けてきた。これこそ年明けにふさわしい映画ではないだろうか。なにしろ年明けどころか人類まで明けちゃうかんね。

おれが初めてこの映画を見たのは、1978年だった。有楽座だかスカラ座だか忘れたが、たしか日本初公開10周年の記念上映だったはず。それまで噂だけは聞いていたけれど、家庭用ビデオなんて普及していない時代だったから、テレビで放映でもしてくれないかぎり、見る手段がなかったのだ。

結局その10周年記念上映で見ることができ、その圧倒的な映像に満足はしたけれど、内容に関してはまるでチンプンカンプンだった。ボンクラ高校生の理解力をはるかに超えていた。「あの板って……何だったんだろう?」と、家まで首をヒネりながら帰った。いや、それ以前に外人の顔の区別がつかずに、フロイド博士とボウマン船長を同一人物だとも思っていたっけな。

それからビデオで何度も見て、いろんな解説本も読んで、少しはボンクラが治ったのか、いまは何が描かれているのかよくわかるようになった。実はそんなに難解な話じゃないんだよね。だけど、説明的なセリフが極端に少ないから一見わかりにくく感じるし、いろんな解釈をしようと思えばできる映画でもある。『2001年〜』に限らず、キューブリックの映画はみんなそういう傾向があって、それもファンにとっての魅力のうちだろう。

さて、2010年の正月に、こうしてまた『2001年宇宙の旅』を見られることになった。いまはDVDでもブルーレイでも見放題になったけど、それでもやっぱりこの映画ばかりは劇場のスクリーンで見ることには格別のよろこびがある。おれ以外にも、そんな気持ちのお客さんがいっぱい集まってきている。

チケット買って劇場ロビーに入ったときは、ちょうど前の回が終わってエンドロールが流れている最中のようだった。場内から「美しき青きドナウ」の音が漏れ聴こえてくる。すでにロビーにはたくさんのお客さんが待っていたので、おれもそのなかに混じってドアが開けられるのを待つ。すると、となりに立っているおじさんがなんか微妙に揺れていた。おじさん、ドシタノ? と見てみれば、これがかすかに聞こえてくるドナウに合わせてエアタクトを振っているのだった。鑑賞前から入り込んでるなー。

そうかと思えば、反対側にいる兄ちゃんは一緒に来ている友達に延々と「キューブリック映画の凄さ」を語っていて、それはまあ構わないんだけど、『フルメタルジャケット』のことを何度も『ヘビーメタルジャケット』って言うんだよ。横で聞き耳立ててるおれはムズムズしてたまんなかった!!

というわけで、あの音楽とともに映画が始まりまして、ご存知のようにお猿さんがタクト……じゃなくて骨を振り回したところから一気に宇宙空間へ飛ぶ。宇宙では、エンドロールでも流れる『美しき青きドナウ』に合わせて、宇宙ステーションとオリオン号がダンスを踊ってみせてくれる。ここは何度見てもたまんないね。

が、そのとき!

荘厳な宇宙のドラマにどっぷり浸っていると、おれの座席やや後方からガサガサとビニールをまさぐる音が。いわゆる、お家ない系のおじさんだ。こういう二本立て映画館には大抵いるんだよね。おれは浅草名画座とかで慣れてるからそんなに気にしないけど、早稲田のお客さん(まじめな映画ファンの学生が多い)にはそうとう目障りなようで、苛立たしげに舌打ちしてる人が何人かいたな。でも、おじさんはそんなの気にしないで、ビニール袋をワシワシいわせて中から飴玉かなんか取り出して舐めてたりする。

たかがビニール袋の音ではあるが、それが気に障る気持ちはわかる。まして演ってるのは『2001年宇宙の旅』だしねえ。騒音で邪魔されたくないよねえ。でも、みんな心の中で「この浮◯者め!」とか思ってるこのおじさんが、実はキューブリック組のベテラン照明係さんだったりするかもしれないから、あんまり邪険にしてはいけないよ。

ラスト前、有名なスターゲートのシーン。あの時代の精一杯の不思議演出に当時は圧倒されたけど、『アヴァター』とか観ちゃったいまとなっては、物足りなくも感じてしまう。こればっかりは仕方のないことだ。謎の惑星の表面っぽい映像も、よく見るとグランドキャニオンを色変換しただけだったりして、微笑ましい。

そういえば照明係のおじさんは、スターゲートのシーンまではがんばって見ていたようだけど、ラストの謎の宮殿のところでビニール袋いっぱい抱えて退場して行っちゃった。きっと「おれの意図した照明効果と違う!」なんて思ったんだろうなあ。

蒐集原人は二本立て映画館と、そこに集まるおじさんたちを応援しています。