燃える野望と冷めたトカゲの目

ヒマさえあればあっちこっちの古本屋を巡って、いろんなテーマで本を集めているおれが、数あるテーマの中でもとくに収集に力を入れているのが「短期間に巨万の富を築いた素晴らしい起業家の方々がお書きになられた本」だ。せっかく怒られないようにおれが言葉を選んでるんだからコメント欄に「それって成金の本?」とか書いちゃイヤだよ。
めくるめく起業家本のなかでも注目の一冊がコレ。

成り上がれ!

成り上がれ!

ヒルズの虎として有名な、甲田英司社長の一代記だ。もう表紙からしてトバしてるよね。ピンストライプのスーツ(起業家の戦闘服)。ノーネクタイ(勝者の余裕)。乗ってるクルマはフェラーリカブリオレ。そして、とどめに金の箔押しでタイトルが「成り上がれ!」だよ。言い切ってる。もう完璧。あらゆる要素が富を象徴してる。古本屋で105円の本を漁ってるおれなんか成り下がりもいいとこだわい。
で、本の中身がまた最高なんだな。子供の頃からチビで、色黒で、バカで、貧乏で、両親もいない(おれが言ってるんじゃないよ。本人がそう書いてるんだよ)いじめられっこだった甲田少年が、ビッグになることを目指して数々のアルバイトを経験し、やがて水商売の世界に入り、ディスコの黒服やホストになってはみたものの、いまいち成功につながらない。そこで一念発起して、歌舞伎町で「カキ氷の屋台」を引くことを決意する。カキ氷は原価が安いので儲かるぞ。さらに! 魚市場で捨てられる氷をもらってくることを思いつく。すごい! これなら原価はタダだ! だが、しかし、そんな氷は生臭くてとても食えたもんじゃない。でも大丈夫! レモン汁に氷を漬ければ臭いは消えちゃうの〜。こいつをバンバン売って月商100万円! しかし、カキ氷は夏の風物詩。冬には全然売れなくなってしまう。そこで甲田青年、またまた考えた。カキ氷1杯につき、缶コーヒーを1本おまけに付けたのだ! 「温かい缶コーヒーを飲みながら冷たいカキ氷をどうぞ!」 いまこうやって冷静に書き写してみるとすごいコピーだね。天才かもしれない。ともかく、このように常人では思いつかない数々のびっくりアイデアで売り上げを伸ばし、なんだかんだあってカキ氷屋さんから一気に六本木ヒルズにオフィスを構えるセレブ社長となったのだった。
甲田社長については、いろんな切り口がある人なので書きはじめるとキリがないんだ。ネット上には悪いうわさが転がっていたりもする。でも、聖も俗もひっくるめてこういうひとって「The 人間」という感じがして、おれは嫌いになれないんだよ。甲田社長の、こちらを見ていてもこちらの頭を貫通してずーっと背後のどこかを見ているようなうつろな目は、生半可なトカゲでは太刀打ちできない魅力と中毒性を持っているね。