住宅地のロック魂

その店は、自宅と最寄駅の中間あたりにある。郊外の住宅地にたたずむ、これといって特徴のないブティック。

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いや、ブティックというほどお洒落でもないか。ご婦人向けの洋服と小物を中心に扱う店。チラとのぞいた感じでは、男性に向けた商品はなさそう。そのため、とくに関心を引かれることもなく、ぼくは毎日の通勤でその前を通過するだけだった。

 ところが、ある日のこと。いつものように通り過ぎようとしたとき、視界の隅に何か違和感を覚えた。

何かがおかしい。

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あれ? なんかストーンズのベロT、売ってね?

ロックTシャツというのは、そのバンドのファンが着るというのが基本ではあるが、まったくそのバンドに興味ない人は着ちゃいけない、などという法律はない。誰が何を着たっていいはずだ。ましてや、ストーンズのベロマークほど有名なアイコンとなれば、元の文脈から独立して使われてしまうこともあるだろう。

でも、やっぱり住宅地のご婦人向け洋品店でいきなりのベロTには、妙な居心地のわるさを感じてしまうのも仕方ない。

ところが、これだけでは済まなかった。数日後、またこの店の前を通りかかったら、今度はもっと強烈な違和感が飛び込んできた。

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見えますか? そう、キッスの『地獄の軍団』ジャケである。

さすがにこれはどうなのか。主婦が着ますかこれを? 着ないでしょう? いや、でもこのアルバムがリリースされたのは1976年。当時、キッスファンだったティーンネイジャーも、いまはもう50代後半。還暦間近のおばちゃんが「あらキッス! 懐かしいわね。武道館、行ったわよアタシ」なんつって買うのかな。

しかし、スーンズがきて、次にキッスときたからには、これはもう偶然ではない。店のオーナーは絶対にわかって仕入れている。それに気づいてからは、この店の前を通るのが楽しみになってしまった。いいモンが出てたときにはすかさず写真を撮れるように、店の10メートル手前からスマホのカメラをスタンバイしておく癖もついた。

そんなこんなで、また数日後。

ハンガーの吊るし売りではなく、店頭に置かれた木製ベンチの上にたくさんのTシャツが置かれていたのだが、近寄って見て目眩がした。どうしたことだ。ここは原宿でもアメ横でもない、松戸市の住宅地なのだぞ。

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クリームに、ガンズに、ジミヘンに、キッスである。どこのロックフェスだよ!

何度か開店準備をしているところに遭遇して、おそらくは店のオーナーだろう人物を目撃したのだが、ぼく(57歳)とほぼ同年齢の男性だった。となると、この品揃えはオーナーが意図してやっていることに違いあるまい。

地域性を考えて店は婦人向けの洋品店にしているけれど、どうしても自分の趣味を出してみたくなり、売れるかどうかもわからないこれらの商品を仕入れる。うん、気持ちはよくわかる。いや、意外と売れてたりするのかもしれないな。

この店、休みの日には店頭のハンガーやベンチを店内に引き入れて、シャッターを下ろしている。ところが、あるとき通りかかったら、店は休みだったけれどシャッターは上げたままにしていることがあった。

そして、普段はベンチで隠れて見えなかったショーウインドウには、こんなレコードが飾られていた。

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この色褪せ具合は、アレサが亡くなってから飾ったわけではないはずだ。ずーっと長い間、ここに飾られ続けていたのだろう。

今度オーナーを見かけたら、話しかけてみようかな。