23 山田風太郎と廃盤ビデオと万引きコーナー

2014年1月マ日

 新年早々、早朝から公園にシケモクを拾いに行こうとする老いた父を引き止める。ヨボヨボのくせに握力だけはあって、つかまれた手の皮膚が裂けて出血した。

 いまのところトイレも風呂も一人で済ませられるので、肉体的にはそれほど家族の手を煩わせているわけではないが、脳の方が少々弱ってきていて、感情のコントロールがおぼつかない。

 十数年前に脳梗塞で倒れてから、大好きだったタバコをやめさせた。血管を守るためでもあるが、何より寝タバコが怖い。枕元は焼け焦げだらけだった。小遣いを持たせていないのでタバコを買うことはできず、表面的にはタバコをやめたことになっているが、近所の公園でシケモクを拾ってきては、家族に隠れてこっそり吸っているのだ。誰が吸ったのかもわからない吸い殻など、不衛生で仕方がない。

 タバコと同様に酒もやめて欲しいのだが、ぼくにそれを言う権利はない。母と姉が何度も言ったがやめられず、夕食のときにコップ一杯だけの焼酎を飲むことを許可した。父はそれを大事に大事に飲んでいるが、実はその焼酎は母が水で半分に薄めたやつだ。

 現在83歳。あと何年生きてくれるだろうか。ぼくが妻子を連れて松戸の実家に戻ったとき、父、母、姉、自分、妻、娘で6人家族になった。これ以上増える可能性は低く、むしろ3年前に妻が亡くなったことで5人に減った。これから先は減っていく一方なのだろう。出版界も先細り、古本業界も先細り、スクスク育つ娘以外は、先の見えない毎日である。

 

2014年1月ニ日

 昔から正月らしい行事に対する関心が薄く、家にいても退屈なので神保町へ出勤する。といっても店を開けるわけではなく、看板を出さず事務所に籠ってひたすら原稿を書く。

 昨年はとくに目標を立てなかったせいか、けっこうグダグダに過ごしてしまった。念願の古本屋を開業できた安心感というか、自分の居場所のようなものができたことで気が緩んだのかもしれない。

 現在、ぼくの仕事には「原稿執筆」「イベント出演」「古本屋」という3本の柱があるが、イベントは8本しか出られなかったし、古本屋にいたっては年間100日も営業できていないのではないか。これではイカンと、さすがに反省している。

 ただ、店を休みがちになった背景には、昨年の夏頃から原稿依頼が増えてきて、思いのほか忙しくなってしまったことが影響している。これはとてもありがたいことだ。いまはまだ自分一人の仕事場(古書店)にいきなり他人(お客様)が入ってくることに慣れておらず、原稿の締めきりに追われているときはそれだけに集中したくて店を閉めてしまう。今年は、なんとかお客様を受け入れつつ、原稿にも集中できるような胆力を身につけたいものだ。目標は営業日数200日!

 

2014年1月タ日

 ちょっと変わった仕事が入ってきた。パチンコ関連のある会社が、山田風太郎の名作群の中でもとくに有名な作品の使用権を取得したので、それを原作としたアニメを作ることになった。そこで、その脚本のベースとなるプロットを作ってくれないか? という依頼。

 ゲームじゃなくて、アニメのプロット? それをぼくが?

 アニメの脚本なんて書いたこともないし、そもそもアニメを見る習慣がない。とはいえ、漫画の原作ならやったことがあるし、ゲームのシナリオはいくつも書いてきた。そのためのプロット作りも知っている。まったく無理な仕事ではないだろう。それに先方はとりあえず「プロットを」と言っているから、まずは原作小説を読み返して物語の要点を抜き出すことから始めてみようか。

 それでプロットを立て、正式にプロジェクトにGOサインが出たら、脚本はぼくが書くのではなく、専門の脚本家に振ってもいい。たとえば佐藤大くんなら、この仕事をおもしろがってくれるかもしれない。

 ※というようなことを考え、以後、数回打ち合わせを重ねて、ぼくの出したプロットもいい感触を得ていたのだけど、結局、クライアントの都合でこのプロジェクトはバラシになったのだった。

 

2014年1月シ日

 HIGH BARN VIDEOの方が委託販売を申し込みにご来店。HIGH BARN VIDEOというのは、廃盤となったカルト映画をDVDで復刻し、いかにもレンタル落ちしたような古びたパッケージデザインを施してリリースする、ちょっと変わったビデオレーベルだ。廃盤ビデオでHIGH BARN VIDEO。なかなかうまいネーミングだと思う。

 第一期のリリースが『アタック・オブ・ビーストクリーチャー』と『グラインドハウス予告編集 vol.1』というグッとくるラインナップで、それぞれ数本ずつ引き受けることにする。ただし、委託にすると精算が面倒なので、7掛けで買い取ってしまうことにした。売れ残ったら自己責任。

 本当はマニタ書房も中野の「タコシェ」や大阪の「シカク」のように、マニタ的なミニコミや自主制作物を委託で並べたら店のイメージアップにつながると思うのだが、なにしろ店主(ぼく)が大の数字嫌いなので、それは無理な相談。あくまでも「仕入れたもの」の原価に「店の経費」と「多少の利益」を乗せて売る、そういうシンプルなやり方しかできないし、するつもりもないのだ。

 

2014年1月ヨ日

 古本屋に万引きはつきものだが、幸いなことにマニタ書房ではいまのところ万引きは発生していない(ぼくが気づいていないだけかもしれないけどね)。どこの古本屋の店主も万引きには苦慮していることと思うが、ちょっといいことを思いついた。万引きに関することを扱った本ばかりを集めて、店の取り扱いジャンルのひとつに「万引き」というコーナーを作るのだ。

 すでに「犯罪・事件」というコーナーはあるが、それとは別に「万引き」だけの仕切り版を作る。すると、万引き目的で店に来た奴が、墨痕鮮やかに書かれた「万引き」の仕切り版を見て怯むのではないか。この店の店主は万引きに目を光らせている! というサイン。そんなのものを目にしてなお万引きできる奴は余程の大物だ。

 いや、万引き本をまとめてコーナーにしてしまうと、効果が薄れるかもしれない。それよりも、あえてまとめることをせず、全然別のコーナーにさりげなく万引きの本を混ぜておいた方が、下心のある人間へのショックドクトリンとなるかもしれない。これは今日からさっそく実践してみよう。

 

2014年1月ボ日

 このところずっと幕末史を勉強している(※この時点ではまだ例の山田風太郎のアニメ化の仕事をしていたので)。幕末なんてまったく興味がなくて無知同然だったのだが、少しずつ理解が深まるにつれてどんどんおもしろくなってきた。

 かつて、野球にまったく興味のなかったぼくが、野球カード蒐集のために野球というものを勉強したら、目の前に「野球マンガ」という娯楽の大海が現れた。これまでスルーしていた『ドカベン』『あぶさん』『野球狂の詩』が一気に輝き始めた。

 そのときと同じように、仕事の必要に駆られて幕末史を勉強したら、同じく「幕末」という鉱脈が現れた。日々、セドリのために通う古書店巡りや古本市の探訪に、幕末本を探す喜びも加味されて2倍楽しくなったのである。人生いつまでも勉強だ。