レコードコレクター・江川光さんの思い出 後編

前編からの続き)
一般的に、レコードコレクターは同好の仲間とは一緒に中古屋めぐりをしない。なぜなら、ひとつしかないレア盤をめぐってトラブルになったりするからだ。たった1枚のレコードのせいで友情が壊れたなんて、まったく笑えない話だ。でも、江川さんとおれはよく一緒に中古盤屋めぐりに出かけた。お互い収集ジャンルが違うから、トラブルにならないのだ。というか、たとえジャンルがかぶっていても、おれが欲しい盤なんて江川さんはすでに全部持っている。それどころか、おれが見逃していたレア盤を「とみさわくん、これ抜いていきなよ。西新宿へ持っていったら4000円で売れるから」なんて人の良過ぎるアドバイスまでしてくれた。

一度、土浦かどこかのレコード祭りに遠征しに行ったことがある。そこではたいした収穫はなかったんだけど、帰りに駅へ向かう途中、江川さんが「なんかこっちがクサいな」とか言って、裏道に入っていった。何を言ってるのかと思いながら後をついていったら、そこにボロい古本屋があった。古本は江川さんの収集対象じゃないけど、古本屋にはレコードが置れていることもあり、しかも場末の古本屋の主人には専門外のレコードの相場なんてわからないから、とんでもないレア盤が100円で売られていたりするのだ。とにかく、未知の町で古本屋を嗅ぎ当てる江川さんのコレクターとしての嗅覚に驚嘆した。

しかも! その古本屋の中に入ってまた驚いた。

そこは十畳くらいの広さで、店内の周囲ぐるりが本棚になっていた。それは古本屋だから当たり前なんだけど、部屋の真ん中には巨大な水槽がででーんと設置されていたのだ。そして二人ほどのお客さんがその水槽に向けて釣り糸を垂らしていた。そう、この店は古本屋と釣り堀を兼業していたのだ。さすがの江川さんも「えーっ?」って顔をしていた。おれはそんな店を発見してしまう江川さんに「えーっ!」ってなったけどね。

江川さんの口癖は「いや、ンまいったよ〜」だった。「とみさわくん、いや、ンまいったよ〜。このあいだ見つけておいたキンクスの仏版シングルを買いにいったらもう売れた後でさあ……」とか、「いや、ンまいったよ〜。5年前から探してたホリーズのドーナツ盤が100円均一箱に入っててさあ……」とか、いい盤を掘り出したときも、しくじったときも、どっちでも「いや、ンまいったよ〜」を使うのだ。だから、おれは江川さんと会った日に、彼が開口一番「いや、ンまいったよ〜」って言うとすごくわくわくした。いい話もわるい話も、コレクターにとってはどっちもおもしろいからね。

おれが人喰い映画の本を出せるんなら、江川さんはホリーズの本を出せるし、それ以外にもレコードについての本なんか100冊ぐらい出せる。それだけの資料と知識とエピソードを持っていた。でも江川さんは本を出さなかった。

というようなことを書くと、資料はたくさんあってもそれを語る才能がなかったんでしょ。と思われてしまうかもしれない。だが、そんなことはない。江川さんのレコ話はちゃんとおもしろかった。江川さんと一緒にレコード掘りに出かけるのは、もちろんレアなレコードと出会うのが目的ではあるけれど、それ以前に、歩きながら江川さんが話してくれるレコ話を聞きたいからでもあったんだ。

それに、コレクションというのは何よりも“数”が価値だからね。おもしろい文章を書ける人じゃなきゃ本を出せないなんてことはない。その分野をある程度以上網羅していて、それを体系的に語ることができれば、十分におもしろい読み物になる。ただ、江川さんが「何も発信していない」のは、本人と接していておれがそう感じただけであって、もしかしたら本人は書きたかったのかもしれない。本人の内面まではわからない。何らかの事情があってそれが叶わなかったのなら残念なことだ。いまでも、江川さんには本を書いてほしいと思っている。

……と、ここまで書いて気がついた。読者の皆さん、もしかして江川さんは死んじゃったのかと思ってた? そんなことないんだよ。というか、生死がわからないんだよ。ある時期から会わなくなっちゃったし、電話番号もわからないしね。当時はおれも痩せてたけど、江川さんはそれ以上に痩せていた。元気にしておられるだろうか。あまり健康的でないイメージの人だったから、それだけが心配だ。

この記事は、以前Twitterで細切れにつぶやいたものをベースにして書き直した。なんでそうまでしてブログにアップしたかというと、これを読んだ江川さんが連絡してくれたらいいなーと思ってさ。おーい、江川さーん! 相変わらずレコード買ってるかーい?

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