ロックンロールなんとかリーグ

さっくり書こうと思ったが、時系列がややこしいので、まずは順を追って話そう。

2012年の12月。漫筆家・安田謙一さんが、過去10年のあいだに書きためた原稿がまとめられて本になった。タイトルは『なんとかと なんとかがいた なんとかズ』。相変わらず流石な言語感覚だ。

発売されてすぐに買ったのだけど、なにしろ10年分であるからして、ご覧の通りたいへんブ厚い。日々の移動の途中で読もうにも、カバンに突っ込んでおくにはちょっとばかり難儀する。だから持ち歩くことは早々にあきらめて、事務所のトイレに常備しておいた。いわゆるトイレ読書用というやつだ。

それから2ヶ月後。すなわち2013年の2月に、この本の刊行記念として「★なんとかズ・オン・ツアー 安田謙一がやって来る 2013★」と題した漫談&ディスクジョッキーのイベントが東京、大阪、名古屋の3ヵ所で開催されることになった。普段は関西を拠点にしているヤスケンさんが、ドサ回りで東京に来るのだ!

来るのだ! ……なんて期待満々っぽく書いてるが、実はこのとき自分は、こんなイベントがあるのを知らずにいた。それで、いつものように昼過ぎくらいに事務所に着いて、郵便受けを開けたらなんか入っている。あきらかに郵便物ではない何かが。

なんだろう、と開けてみたら、安田謙一さん、いれめさんご夫妻からの手土産だった。「えっ、えっ、なんで? 東京にいるの!?」っと、あわてて検索してみたところ、上記のトークショーがその日の夕方からあることを知ったのだった。そりゃもう、何をおいても駆けつけますよ。下北沢のヴィレッジヴァンガードに。

で、トークショーを観覧するには、彼の著書を何か1冊買う必要があるわけだけど、あいにく『なんとかと なんとかがいた なんとかズ』はすでに他店で購入してしまっている。デビュー作の『ピントがボケる音』もすでに持っている。さてどうするか……。

と、いちおう迷ったフリをしているが、迷う必要はない。買うものはすぐに思いついた。

ここで、さらに時間をさかのぼる。

初めてヤスケンさんと出会った2011年の3月。一緒に神戸の古本屋と中古盤屋を回った。酒場のハシゴもした。最後はご自宅にもお邪魔して、いろいろ変なレコードを聴かせてもらった。そんな幸福な一日の終わりに、ヤスケンさんが出会いの記念にこれどうぞと、2冊目の著書『ロックンロールストーブリーグ』を差し出してくれた。「CDジャーナル」誌に連載されていたコラムに、挿絵担当の辻井タカヒロ画伯の書き下し四コマ漫画もたくさん収録された、ナイスな1冊だ。

このとき、自分はこの本を受け取るのを拒否している。だって、せっかく出会えて友達になれたんだ。その友達の本はお金を出して買うのがスジじゃないか。郵送で献本されたらもちろんありがたく頂戴するが、どうぞと言われてそのまま受け取るのは気が引ける。本を売って生活している人の本は(それが友達なら尚更)、なるべく新刊を買うことで貢献したい。だから、「この本は店で買うから、今日のところは気持ちだけ戴いておくね」と言って、その日は別れた。

それから2年間。『ロックンロールストーブリーグ』買ってませんでした。

かっこいいこと言っておいて、なんだ貴様! とお叱りを受けそうだけど、それはこの日のために残しておいたんだ。安田謙一『なんとかズ』発売記念イベントの入場用として。運命というのはそういうふうに出来ている。

ちなみに、そのとき下北沢ヴィレッジヴァンガードで購入した『ロックンロールストーブリーグ』は、裏表紙の価格表示のところに、店がイベントのために用意した在庫であることを示すラベルが貼ってある。この小さな書き込みを見るたびに、なんだか少しだけ嬉しくて、少しだけくすぐったくなるのだった。