組長のお嬢さんのスゴイ本


『お父さんの石けん箱/田岡由伎』(1991年/KKベストセラーズ

今日とりあげる本は、神妙な気持ちでご紹介したいと思う。著者は田岡由伎さん。映画プロデュース業をはじめとして多方面で活躍なさっている彼女が、いまは亡き父について書き記した伝記だ。父の名は田岡一雄。そう、山口組三代目組長として、日本中の極道を震え上がらせた男である。しかし、ここに描かれているのは、娘の視点から見たごく普通の優しい父の姿なのだった……。

と、紋切り型の文体で書こうと思ったんだけどさー、ぜんぜんそうじゃないんだよね。いや、優しいのは間違いないと思う。組員らが極道の威光をちらつかせて歩くことを極端に嫌い、自身では刺青を入れることもなく、子分たちには指詰めもできるだけさせなかったというからね。堅気の人間以上に謙虚に生きようとした、最後の博徒とも言われた男なのだ。

そんな父のことを、娘が「家族だけでなく誰にでも優しかった普通の父」と思うのは当然のことだ。でも……、普通のお父さんの家は爆弾が投げ込まれて便所が木っ端みじんになったりしないし、愛人が8人もいたりしないし、父と娘でたった二度だけ観に行った映画が『ゴッドファーザー』と『三代目襲名』だったりはしない。ま、ようするに本書はその辺のギャップを楽しむ本だとも言えるわけだ。

この本って、書かれているエピソードがいちいち型破りでおもしろいから、つい夢中になって読んでしまうけど、読者をトリコにさせる理由はそれだけじゃない。じつは筆者の文章が抜群に軽やかで、ものすごく読みやすいのだ。それがこの本の良さを大いに引き上げている要因のひとつでもある。こういうストレスなく読める文章というのは、案外むずかしいものなんだよね。田岡由伎さん、なかなか素晴らしい書き手だと思う(ちなみに前夫は音楽家の喜多郎氏)。

なぜかおれが買う本は、中身は同じなのにいろんな版元から出ていて、表紙のバリエーションが複数あったりすることが多い。この本もそうした存在のひとつで、最初に刊行されたのは1984年。『さよなら お父さんの石けん箱』というタイトルでサンケイ出版から刊行されていた。そのときはこんな表紙。


いかにもほのぼのとした、父への愛が感じられる表紙だ。

そして2003年には角川文庫にもなっている。それがこの表紙。


これはいかにもノンフィクションという表紙だね。

で、この2冊の中間に刊行されていたのが、今回おれの入手した1991年発行のKKベストセラーズ版だ。もう一回表紙を見てもらおう。

ご覧のように、アンディ・ウォーホル蛭子能収が憑依したような装丁になっている。この表紙を見ても、これが組員1万5千人(当時)を擁した日本最大の暴力団の親分の本だとは思えないだろう。しかし、実はこの表紙にはもう一段階、仕掛けが施されている。

以前、紹介したハゲ頭の本は覚えておられるだろうか? あの、表紙カバーがセルロイドに印刷されていて、めくると髪の毛がパカパカ生えたり禿げたりする、ってやつ。


↑これね。

これと同じ仕掛けが、なぜそうしたのか理由はわからないけど、組長の表紙にも施されているのだった。


なんて恐れ多いことを!