04 店名決定と業務用本棚とナニワのオッチャン弁護士

2012年6月マ日

 古物商の許可申請をするため、神田警察署の生活安全課防犯課に行く。目についた職員(という言い方でいいのかな?)に声をかけ、要件を告げると個室に通された。少しすると担当の者が来て、申請書類の書き方ををひとつひとつ丁寧に教えてくれる。

 何も悪いことをしていないのだから緊張する必要はないのだが、それでも警察署の中にいて、なおかつ警察官からこんなに親切にされると、背筋がムズムズする。

 お店では何を扱われるんですか? と訊かれたので「おもに古本とレコードですかね」と答える。申請書にそう記入したものしか扱っちゃいけないのかと思ったが、そうではないらしい。ならば、いずれは古着とか吊るしてみるのもおもしろいかもしれない。

 記入項目を見ていくと、店名を書く欄があった。そうか、この段階で決めなければならないのか。候補はふたつ考えてあるが、ここに来た時点ではまだ決定していなかった。

 ひとつは「本古堂」。こう書いて「ポンコ堂」と読む。話すと長くなるのだが、かつてmixiでは自分のアカウントを「野球カード男」としていた。しかし、カード集めの趣味をやめたときに、いつまでもその名前を名乗るのはおかしいと思い、アカウント名も変えることにした。かといって、別の趣味にちなんだ名前にすると、気が変わりやすいぼくはまたアカウント名を変えることになってしまうだろう。それは避けたい。ならば、いっそのこと極端にどうでもいい名前にしておこうと考え、「ポン子」にした。だから、その後に始めたTwitterでも、アカウントは@hitoqui_ponkoとしている。前半のヒトクイは、2010年に上梓した『人喰い映画祭』に由来する。

 もうひとつは「マニタ書房」だ。『人喰い映画祭』なんて本を書いたくらいだから、ぼくは人喰い生物に詳しいというのを自分のアイデンティティにしている。人喰い生物=マンイーター(maneater)、ネイティブの発音に近づければマニタとなる。それにマニタはマニアにも近い響きがあって、やはり古本屋の屋号には似つかわしいのではないか。

 それで、最終的には「マニタ書房」と書類に記入した。店の名前が決まった瞬間である。

 すべての項目を書き終えた書類を提出すると、担当官は目を通しながら「ああ、小川図書ビルですね」とつぶやいた。さすが、濤川社長は神田警察でも顔が利いてるのだ。

 最後に申請料として19,000円を支払って手続きは終わりだ。申請が通るかどうかは、40日以内に判明するという。意外に長い時間がかかるのは、その間に提出者の身辺調査をするからだ。古物商というのは他人から古物を買い取って商売をするものだから、故買屋(盗品などをそれと知りながら売買すること)と背中合わせの立場にある。そういうことをする人物かどうかを、前科の有無や身内に反社がいないかどうかを調べて判断するのだろう。そこで申請が通らなくても、申請料は返金されない。

 

2012年6月ニ日

 本というのは傷みやすい。お客さんは本を大切に扱うことに慣れている人ばかりじゃないから、古本屋をやる以上、ある程度のことは覚悟しておかなければならない。

 とはいえ、よほど乱暴な扱いをしない限り、新品に近い状態の本は、そう簡単には傷まない。だけど、最初から表紙などに破れがある本というのは、ちょっとおかしな持ち方をするだけで、破れが広がってしまうことがある。

 そもそも破れがあるような本は仕入れなければいいのだが、どうしても自分の店の本棚に並べたいような珍本と出会ってしまうこともある。そんなときには、多少の傷みがあっても買うことはある。

 そうやって仕入れた本を、それ以上の破損から守るためにはカバーを掛けるのがよい。実際、半透明な紙(あれをパラフィン紙と呼ぶ人も多いが、正確にはグラシン紙という)でカバーを掛けている古本屋は少なくない。

 ただ、ぼくはあれがあんまり好きではない。なぜなら、グラシン紙でカバーされていると、多少傷んだ本でもそれなりに見えてしまうからだ。いちど、裸族に関する古めの本を買って、家でグラシン紙を剥がしてみたら、中の表紙がかなり傷んでいたことがある。ちゃんと調べてから買えばいいのだが、かといって店頭でグラシン紙を剥がすわけにもいかない。

 それを嫌ってか、透明ビニールでカバーを掛けているところもある。ぼくが店をやるなら、そちらの方法を真似したい。

 ……と、安易に考えていたのだけど、いざ、ビニールカバーを探してみたら、これがなかなか見つからない。市販のビニール製ブックカバーを買ってみたが、サイズの合わない本も多いし、それぞれのサイズに合うものを買っていたらコスト的に高くつくので現実的じゃない。まあ、開業はまだ先なので、この件はゆっくり考えていくとしよう。

 

2012年6月タ日

 Kさんが提供してくれた業務用本棚を、いよいよ組み立てる。

 ぼくが借りた物件の床にはパンチカーペットが敷いてあるので、本棚を直置きしたら嫌な形の跡が付くだろう。いつか退居するときに余計な修繕費を請求されるのも嫌なので、なるべく跡が付きにくいようにしたい。そこで、ホームセンターで本棚の底面と同サイズの板をカットしてもらって、本棚を設置する壁際に敷き詰めた。その上に、本棚をどんどん立てていく。組み立ては簡単だ。最後に、本棚の天辺に耐震用の粘着ヒンジを貼り付ければ完成。

壁面本棚は子供の頃からの憧れ。いくつになっても興奮する。

 鉄筋のビルなんだから天井まで届く本棚にしたいところだが、そういうものが手に入らなかったのだから仕方がない。いずれ、本棚の上にも「新入荷!』とか「注目の本!」といった感じで目玉商品を並べるようにすればいいだろう。

 各棚の高さは、とりあえず店の在庫的にもっとも多くなるであろう四六判が入る高さに組んでおいたが、これは本をどのように並べるかにも影響するので、臨機応変に変えていけばいい。

 さて、ここまでできたら、次は汚れた本を清掃し、値付けをして、取り扱いジャンルを考え、分類の仕切り板を作り、ジャンルごとに並べるという作業が待っている。およそ40年間、ずっと趣味でやってきたようなことが仕事になるのだ。これは夢じゃなかろうか。

 

2012年6月シ日

 古本屋になることを決意した瞬間に、「古本を買う」という行為が趣味から仕事へと変化した。これには予想以上の興奮を感じている。興奮に火がついて止まらなくなり、気がつけばブックオフ巡りのために大阪まで来ていた。

 衝動的に来てしまったような書き方をしたが、本当は綿密な計画を立てている。ぼくは旅に出る場合、訪問したい古本屋と中古盤屋を調べ上げ、食べておきたいご当地ラーメンの営業時間もすべて調べ上げ、乗換案内アプリを駆使して電車の乗り換えルートまでがっちり組み上げるのだ。

 大阪では梅田を出発点に、ブックオフ天王寺駅前店で9冊購入、ブックオフ大阪難波中店で5冊購入、ブックオフなんば駅南口店で2冊購入、弁天町ORC200で開催されている古本祭りで14冊購入、ブックオフ大阪弁天町店で3冊購入したのちに、ホテルにチェックイン。翌日も似たような感じでブックオフを巡りに巡って、二日間の合計は69冊。すげえ買ってるな。これを持って帰るのは無理なので、宅配便で神保町の店へ送ってしまう。

 

 大阪に坂和章平という人物がいる。通称「ナニワのオッチャン弁護士」。本業である弁護士の傍ら、趣味の映画を見ては、その感想をコツコツとブログに書き綴っている。弁護士としてはたいへんなキャリアをお持ちで、それに関する著作もたくさんあり、そっち方面では十分に成功を収めたと言ってよいだろう

 ところが、映画評論家になりたいという夢が忘れられず、書き貯めた映画の感想を『SHOW-HEY シネマルーム1 ~二足のわらじをはきたくて~』というたいそう正直なタイトルで出版してしまった。出版といっても自費出版なんだけど。

 ぼくみたいに全国各地のブックオフを巡っていると、日本の出版文化のいろいろな面が見えてくる。そのうちのひとつが“自費出版の本は薄い”ということだ。そりゃそうだよね。プロだって原稿を書くのは面倒で嫌なもんだ。編集者に尻を叩かれなければ、いつまでたっても書きゃしない。出来ることなら、予定枚数の半分くらい書いたところで本にしたいぐらいだ。だから、担当編集者もついておらず、一刻も早く“自分の著書”を手にする喜びを味わいたいアマチュア著者の自費出版物は、どうしたって薄くなる。

 ……というようなことが、ブックオフ巡りをしていればアリアリとわかってしまう。なぜなら自費出版で有名な文芸社新風舎、日本図書刊行会といった版元の本は、軒並み薄いからだ。

 しかし、坂和章平先生に限ってはこの法則が当てはまらない。たしかに、最初に私家版として上梓した『SHOW-HEY シネマルーム1 ~二足のわらじをはきたくて~』こそ厚さ5ミリ程度のものだったが、先生は映画に対する情熱がハンパないので、1冊本にしたくらいではその情熱が収まらない。書いても書いても書き足りない。本業だって激務であるはずなのに、ヘタなライターよりも執筆活動に力を注いでしまう。そうして書き上げた映画レビューをまとめた続刊は、とても自費出版とは思えない厚さの本なのだ。

 そして、さらに恐ろしいことには、これが2冊や3冊の話ではないということだ。普通、アマチュアの場合は「生涯に1冊でも本を出せれば……」という人生の記念碑的なニュアンスで本を作るので、1冊出したところでだいたい満足する。ところが、坂和先生はまったく飽きることがない。第2巻以降は、書名を『ナニワのオッチャン弁護士、映画を斬る!』という威勢のいいタイトルに改題し、いまも刊行され続けている。これらの「SHOW-HEY シネマルーム」シリーズは、2021年12月の時点ですでに49冊も刊行されているのだ!

集めたら楽しそうな気がするが、本がデカいので絶対邪魔になる。

 これを都内のブックオフで見かけることはあまりないが、オッチャンの地元である大阪では、どこのブックオフにもある。この背表紙を見ると、ぼくは「ああ、大阪へ来たんだなあ~」と実感するのだった。