21 赤尾敏とリアル鬼ごっこと人喰い人種

2013年11月マ日

 今日の閉店間際、やけに貫禄のある初老の紳士が店に来た。見るからにヤクザ、という風体ではないのだけど、あの貫禄は堅気ではなさそう。で、発した第一声が「ヤクザの本ある?」なのだ。

 また都合がいいのか悪いのか、マニタ書房には「ヤクザ」なんてコーナーがあるわけで、恐る恐るその場所を案内して差し上げると、しばらく吟味なさったあと、山口組六代目の写真集など数冊を買っていかれた。ビビるぜ。

 

2013年11月ニ日

 午後に店へ出勤し、まだ路面へ看板を出さずに4階のドアを開け放って作業していたところ、お客様が階段を上がってきた(そういうことはたまにある)。まだ開店前ですよ、と追い返してもいいのだが、せっかく来てくださったのだから「どうぞ」と招き入れる。

 お客様は店内をひと回りしたあと、「底抜け!大リーグカードの世界」(新品)だけピンポイントで買っていかれた。ということは、ぼくの読者なのだろうか? でも、とくに話しかけられるわけでもなかった。なんてことないが、ちょっと不思議な気分である。

 

2013年11月タ日

 マニタ書房は、オープン時の在庫の半数はぼくの個人的な蔵書を並べたものだが、今日はその中の一冊である『赤尾敏写真集 人間の貌』が売れた。値付けは5,000円。蔵書の処分だから安くしておいたのだが、レジを打ったあと買ってくれたお客様がこう言い放った。

「これ、ネットなんかでは一万円以上しますよ!」

 カチンときたね。このように、買い物したあとでその値打ちをひけらかす(ときには店主の無知を笑う)輩がいるのは古本業界あるあるのひとつで、ぼくもよく知っていたが、まさか自分がその目に遭うとは思わなかった。

「だったら12,000円に値付けを書き換えますので返してください」とでも言ってやりたかったが、もちろんそんなことはしない。

 マニタ書房は、おもしろい本を、そのおもしろさをわかってくれる人に、少しでも手頃な値段で届けたくてやっている店だ。多少でも利益が出さえすれば、ギリギリまで値付けを下げる。でも、こんなことを言われると、値段を吊り上げたくなってしまうよ。

 Twitterに思わず「うちの娘には、すごい掘り出し物の本を見つけても、無表情を装ってレジに差し出して清算が済んだあと店主に『これネットでは倍の値段が付いてたんですよねー』とか言う人間にだけは、決してならないで欲しいと願う」とつぶやいてしまった。

 

2013年11月シ日

 今日は朝から横浜方面へ「リアル鬼ごっこ探しの旅」に行ってきた。それはいったい何か? リアル鬼ごっこ』とは、小説家・山田悠介氏のデビュー作である。本文中には、

〈二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた〉

 という有名な一説があり、唖然とする設定とこうした破壊力満点の文章が話題を呼び、自費出版でのスタートながらトータルで30万部を超えるベストセラーとなった。

 ぼくが最初に手に入れたのは第6刷で、これでもかなりの衝撃だったのだから、編集者の手が入っていない初版はさぞかし凄かろうと、ブックオフへ行くたび探していた。

 2008年の9月から探し始め、同年の11月に第3刷を入手。それから今年、つまり2013年の7月には第2刷を発見した。

 そして本日、神奈川方面のブックオフを巡ってきたところ、とうとう初版と出会うことができたのだ。

 見つけた瞬間のことを記録しておく。

 この日は「新百合ケ丘オーパ店」「大和西鶴間店」「大和つきみ野店」「横浜あざみ野店」「246三軒茶屋店」と5軒のブックオフを回った。そのうち「大和西鶴間店」の105円棚には『リアル鬼ごっこ』が2冊あった。それをまとめて掴み取り、奥付を確認する。1冊目は8刷。このとき、心の中で「お、ひと桁……」とつぶやく。これ、刷りの数がひと桁の『リアル鬼ごっこ』を見つけるたびに毎回つぶやいているのだ。9刷のものを見ては「へえ、ひと桁……」とつぶやき、2刷のものなら「ナイスひと桁……」とつぶやき、6刷なら「このへんのひと桁はいちばん見かけるな……」などとつぶやく。続けてもう1冊の奥付を開いた瞬間、そこに「初版第1刷発行」の文字を見たのだ。初版! 初版! 初版! 探そうと決意してから4年かかったが、いざ出会ってみれば呆気ないものだった。

 思えば、ぼくのリアル鬼ごっこ初版探しの旅は、この「ひと桁」の大小を行ったり来たりする旅だったのだとも言える。

 ようやく手に入れた初版だが、では2刷と初版ではどこか違うのだろうか? 結論はノーだ。2刷と初版を総ページ数で比較しても、どちらも325ページと同じ。各章の目次もページにズレはない。問題の「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた。」という文章も同様だ。したがって、編集者によって磨かれる前の原石のような文章は、何も初版を求めなくとも2刷で味わうことが可能だったのだ。でも、それでいいのだ。この旅も今日で終わり。いつの間にかリアルな鬼ごっこに巻き込まれていたぼくは、ようやく鬼の背中をタッチした──。

 

2013年11月ヨ日

 近頃、とても忙しくなってきた。マニタ書房の業務があるのは当然として、他にもフリーライターとしての原稿依頼は着実に増えている。レギュラーで「エキサイトレビュー」「ナビブラ神保町」「ビッグコミックオリジナル」「フリースタイル」に書かせてもらっているうえ、イレギュラーでも各種の雑誌や単行本の仕事が来るようになった。とあるゲーム開発の仕事にも関わっているし、ロフトグループを中心としたライブハウスでのトークイベントも定期的に声がかかるようになった。とてもありがたいことである。

 いまでも、仕事がゼロになった4年前を思い出す。失業給付金をもらいに行くため、女房に運転してもらってハローワークへ急いでいる途中、うっかり一時停止無視をやった女房が隠れていた警官にキップ切られ、そのせいでハロワの営業時間に間に合わなくなったときは、いろいろと情けなくて死にたくなった。あるいは、気晴らしで深夜に女房とドライブに行った際、ふいに自分が誰からも必要とされていない気がして涙が止まらなくなり、女房にしがみついて泣いたこともある。いまのこの忙しい状況を、あいつと喜び合いたかった。

 

2013年11月ボ日

 ブックオフはいろいろ批判されがちだ。曰く「一律の値付けが本の価値を貶めている」、「本を文化ではなく物としてしか見ていない」、「出版不況を加速させる原因のひとつである」などなど。

 でも、ブックオフ──新古書店といっても結局はただの古本屋なんだから、なぜブックオフだけが悪者にされるのか、ぼくにはわからない(もちろん、そこにはぼく自身が古本屋であるという贔屓目があるのは認める)。

 ブックオフを散々回っていて感じるのは、あそこに並んでいるのは基本、売れた本ばかりだということだ。ベストセラーになればなるほど、中古市場にも大量に出回り、ブックオフの店頭に並ぶ。逆に、売れてない本(ぼくの本とか)は、ブックオフでは滅多に見かけない。

 だから、ブックオフのせいで本(新刊)が売れなくなるとか、著作権者に支払われるべき対価が失われているというような話を聞いても、どうもピンとこない。そもそも売れなきゃブックオフには並ばないのだ。

 本や雑誌の販売部数が減っているのは、ブックオフやその他の古本屋のせいじゃない(影響がゼロとは言わないが)。読書より他に時間を奪うもの(ゲームとかスマホとか)が登場しているからではないのかな。出版点数が少なかった時代(古本屋が少なかった時代)と、出版点数が多い時代(新古書店が乱立する時代)で、古書流通による著作者利益の損失にどれくらい差があるのか、数字で比較してみたいな。おそらくそれほど違わないのではないか。

 誰とは言わないが、ブックオフを目の敵にしている作家の言い分は「たくさん売れてるおれの本がもっとたくさん売れるチャンスをブックオフが阻害している!」という風にしか聞こえない。少なくとも「文化を守ろう」と言っているようには聞こえない。

 ぼくは「あなたの本をブックオフで買いました」って言われたら、ふたつの意味で感激してしまう。ひとつは「ぼくの著書もとうとうブックオフに並ぶほど売れたか!」と。もうひとつは「そんなレアな本をよくぞブックオフで見つけてくださいました!」と。

 そんな感じでブックオフが好きすぎて擁護するわたくしですが、少しだけ苦言を呈すると、客が本を探してるのにその前に入ってきてドカドカ在庫を補充するのはやめていただきたい。お客様の快適さより、店の作業効率を優先させるのは、なんだかなあと思う。

 あと、105円コーナーで立ち読みしてるお客さんにもひと言。キミら105円の本くらい立ち読みしてないで買いなさいよ。たった105円のお金すら出すのを惜しんでいたら、出版文化じゃなくて、キミらの心の中の文化が死ぬぞ。

 ※ブックオフに対する風当たりも、この日記を書いた当時と現在ではずいぶん変わってきているし、ブックオフの業態そのものも変化してきているようだ。まさか、このときから約10年後に自分がブックオフ公式の仕事をすることになるとは思わなかった。

 

2013年11月ウ日

 姉妹社から刊行されている『サザエさん』は、蒐集のゲームバランスが良いのではないかと、昔から想像している。

サザエさん』の単行本はカバーの用紙がビニールコートされておらず、古本屋に並んでいるのはあまり状態のいいものが少ない。ただ、ロングセラーなので数だけは出回っているから、「状態のいいものをコツコツ探して全巻揃えるゲーム」だと考えると、蒐集の遊びとして非常にゲームバランスがいいように感じられるのだ。全68巻という数もいい。自分で集める気にはならないが、店に置くために全巻セットを組んでみるのはいいかもしれない。

 そうそう、マニタ書房には一冊だけ常備している『サザエさん』があるのだった。それが最終巻である68巻だ。これのラストには「ひょうりゅう記」と題するエピソードが収録されていて、サザエさん御一行を乗せた船が沈没して漂流し、たどり着いた島の人喰い人種に食われそうになるというものだ。この人喰い人種が褐色、腰ミノ、分厚い唇、でかい鼻という現在は完全にアウトな描写で、現行の単行本には収録されていない。

 古書市で見つけるたびに仕入れて、マニタ書房名物「人喰い」コーナーに並べている。