乳房平原

イエローポップ渋谷店は残念ながら閉店してしまったが、下北沢店、川口店はまだまだ元気に営業している。これは、イエローポップ下北沢店で入手した、ある1枚のレコードの話。

いまから5年ほど前のこと。いつものようにナイスなレコを求めて、神保町から渋谷にかけてレコードハンティングしていた。神保町はトニイと富士レコード社、渋谷ではレコファンをまわって、覆面歌手のレコードを中心にそこそこの収穫はあったのだが、心の中にはずっと1枚のレコードが引っかかっていた。

それは、1週間前に下北沢のイエローポップで見かけていたムーグシンセサイザーサンプラーソング集。内容的には、ビージーズの「ステイン・アライブ」とか、ショッキング・ブルーの「ヴィーナス」とか、あと「未知との遭遇のテーマ」とか、そういう曲をシンセアレンジでヌルく演奏したものだ。こういうのは中古盤市場にはゴロゴロしている種類のレコなので、希少価値というようなものはまったくない。だから一週間前に見かけたときも「ふーん」って思っただけで、買おうとは思わなかった。

ところが、ジャケがどうにも気になっていた。もちろん、見た瞬間に「え?」ってなったんだけど、内容がおもしろそうではなかったので、あまり深く考察することをせずに、すぐ棚にもどしてしまったのだ。
それで、すぐに忘れるはずだったのだが、なまじ中古盤ハンティングなんかしていると、どうしてもあのレコのことが思い出されてしまう。そして、いちど気になり出すと、どうにもジャケが頭の中をチラチラする。

(よく考えたらあの内容であのジャケは相当に狂ってるよなー)
(ひょっとして、あれはシンセのスイッチ類を表現していたのか……)
(もしかして、とんでもないお宝を発見してしまったのでは……?)

そう思うといてもたってもいられなくなり、渋谷で終える予定を急きょ早めに切り上げ、下北沢に向かった。目指すはイエローポップ。
まだあるだろうか。見つけたのは一週間前だ。すでに誰かに買われちゃったのではないか。
そう思うと、ついつい歩調が速まっていく。漫画だったら「トトトト……」って擬音がつけられているだろう。

店に着いて、「その他」コーナーを覗いてみると、果たして目的のレコードは売れ残っていた。

『Stayin' Alive/Los Valentinos』
先ほども説明したように、ムーグシンセサイザーサンプラーソング集なので、内容はいまさら聴いてたのしいようなものではないが、とにかくそのジャケットデザインが素晴らしい。アナログシンセの特徴でもあるつまみ類の異常な数の多さを、乳首で表現しているのだ。

圧倒的だなあ〜。見渡す限りの乳首、乳首、乳首。

このアルバムが発売された1978年といえば11月にYMOがデビューしているが、音楽業界をテクノが席巻するのは、翌年のセカンドアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』の発表まで待たねばならない。つまり、1978年というのは、まさに電子音楽夜明け前という時期だ。
ジャケットの左の奥を見ると、乳のひしめく荒野にじょうろで水をまく男がいる。なんだか、電子音楽の未来を暗示しているようではないか。


……というようなことをもっともらしく書いてみたが、サトウサンペイ先生は、そんな戯言を軽々と飛び越えていてすごい。

サトウサンペイの「ジーの思い出し笑い」