Bootleg未掲載原稿

先の文学フリマで頒布された映画評同人誌Bootlegの新刊『Bootleg CATALOG』のために書いたけれど、〆切りに間に合わず未掲載となった『ノーマッズ』のレビューを以下に掲載します。
ジョン・マクティアナン監督には、『プレデター』を筆頭に『ダイ・ハード』や『レッド・オクトーバーを追え』といったアクション映画の大傑作がある一方で、『ラスト・アクション・ヒーロー』みたいにトホホな作品もあります。そんなところも含めてぼくは大好きな監督なんですが、なかでも思い入れのあるのが、この『ノーマッズ』です。VHSとレーザーディスクにはなったのですが、DVDにはなっていないので、これも中古ビデオを探すしか見る手段がないんですよね。『ダイ・ハード』の監督なのに!


見えない脅威を描き続けるマクティアナンの原点
 これは『ダイ・ハード』で一躍スター監督の仲間入りをしたジョン・マクティアナンのデビュー作だ。原案、脚本ともに自ら手掛けている。

 舞台はロサンゼルス。海辺で発見された血塗れの男(ピアース・ブロスナン)が、病院に運び込まれてくる。担当医のアイリーン・フラックスは事情をきこうと問いかけるが、男は問いかけに応えず、わずかな言葉だけをつぶやくと、いきなり叫び声を上げ、そのまま絶命してしまう。

 その日から、アイリーンは不思議な幻覚を見るようになる。どこともわからない景色。名前も知らない女性。街を徘徊するパンクファッションの若者たち。それらは、死んだ男──人類学者のジョシュアが見てきた光景であり、アイリーンは、彼が死に至るまでの数日間の行動をジョシュアの視覚を通じて追体験しているのだった。

 近頃ではノマドワーカーなどという言葉もあるが、ノマドとは本来、遊牧民という意味だ。そして、この映画におけるノーマッズとは、惨劇のあった土地に棲みつく亡霊のことを指す。ジョシュアが目撃し、彼の命を奪ったのもノーマッズたちだ。

 普通の人間には見えないノーマッズが、なぜジョシュアにだけは見えるようになったのか? その視覚がなぜアイリーンにも伝染したのか? それらのことについて何も説明されない。

 このように脚本的には穴だらけの作品なので、これまで高い評価は得られていないが、ジョシュアが見た過去の光景とアイリーンが存在している現在の光景とがたびたび交錯する様子をさりげなく見せる構成のうまさは、後の成功の萌芽を十分に感じさせる。

 ノーマッズのリーダーを演じているのは、アダム・ジ・アンツの解散後ソロ活動期間中のアダム・アントだ。しかし、セリフはひと言もなく、ピアース・ブロスナンバールのようなものでボコスカ殴られるなど、少しもいいところがない。プリンス・チャーミングも形無しである。

 ところでこの映画は、ジョン・マクティアナンがデビュー以来描き続けてきたテーマの原点としても、重要な作品に位置づけられる。

 それは「見えない存在による脅威」とでも言うべきもので、本作ではノーマッズたちがズバリそのテーマをあらわしているし、次作『プレデター』が見えない脅威の凄玉だったのは皆さんご存知の通り。

 出世作ダイ・ハード』では、ビルの中にいるはずのない警官がテロリストにとっての脅威となっていた。『レッド・オクトーバーを追え!』に登場するソビエト原子力潜水艦レッド・オクトーバー号は、無音推進装置「キャタピラー・ドライブ」を搭載しており、これをオンにした瞬間、他の船のソナーからは“見えなくなる”。『ラスト・アクション・ヒーロー』で派手に失敗して以降は道を見失っているようだったが、『閉ざされた森』でふたたび「見えない存在」テーマを扱っていたので、これが再起への狼煙となるか? と安心したのも束の間、FBIへの虚偽証言事件なんぞを起こして刑務所入りときたもんだ。本人も辛かろうが、ファンにとってもまったくマクティア難である。


▲ビルの屋上からノーマッズを突き落とす場面の構図は、のちに『ダイハード』でも採用されている。