レコード越しの戦後史、難関だった最後の1枚を入手

 水道橋博士が編集長を務めるメールマガジンメルマ旬報』(月3回発行、月額500円)で、8月から「レコード越しの戦後史」という連載を始めた。これは昭和20年の終戦から、天皇崩御する昭和64年までを追いかけたものだが、もちろんぼくが書くのだから当たり前の戦後史になるわけがない。タイトルに「レコード越しの」とあるように、戦後の日本を彩った様々なトピック(出来事や事件)を、それにまつわるレコードと共に読み解いていくという試みである。

 全体の構成はすでに出来ていて、取り上げるトピックはおよそ100項目ほどある。連載では、すでに終戦=『リンゴの唄』、復員=『かえり船』、還らぬ息子=『岸壁の母』、街娼=『星の流れに』が掲載されている。あとはひたすら書き進めていくだけなのだが、なにしろ戦後史なんて書くのは初めてのことで、とにかくたくさんの資料を読み込む必要があった。準備を始めたのは去年の夏からで、約1年のあいだ昭和史関連の本を40〜50冊ほど読んだだろうか。

 そうして、取り上げるべきトピックを決めたら、それに関連するレコードを探していく。「出稼ぎ労働者といえば……『ヨイトマケの唄』だ!」というように、すぐにレコードが連想できるものはいいが、そうでないものの方が大半で、これは大変な作業である。該当するレコードがない場合は、そのトピックを候補から外さなければならない。歴史を侮辱しているような気もするが、ぼくにとってこの企画はレコードありきなので、こればかりは仕方ない。

 三浦和義ロス疑惑事件は、戦後事件史の中でもかなり有名な出来事だったので、最初から候補に入れていたのだが、いくら探してもそれに関連するレコードがないため、泣く泣く候補から外すことにした。ところが、何かの本を読んでいたら、漫才コンビのザ・ぼんちが歌った『恋のぼんちシート』が、アフタヌーンショーでの川崎敬三と山本耕一のやりとり(それはおもに三浦和義事件のレポートでのこと)を歌詞に盛り込んだものであることを知り、一気に問題が解決した。

 ザ・ぼんちのレコードは80万枚も売れたので、入手はたやすい。中古レコード店の100円均一ボックスをのぞけば、かなりの確率で入っている。しかし、そういうものばかりではない。ある出来事に対して、それに該当するレコードの存在が確認できても、自分の手に入らなければ取り上げるわけにはいかないからだ。そこは、物書きというより、ぼくのコレクターとしての矜持である。この1年間は、資料の読み込みも大変だったが、掲載予定のレコードをかき集める作業にも、ずいぶん時間(とお金)を費やした。

 さて、ここからが本題である。

「レコード越しの戦後史」の最終章で取り上げるトピックで、どうしても入手できない曲が1枚だけあった。最終章ということは、昭和も終わり間際のことだから、世間はもうアナログからCD時代に変わりつつある時期だ。そのため、ぼくが探しているその曲も、8センチの短冊CDで発売されていた。しかし、例によってぼくのやることには「アナログ7インチ(シングル盤)に限る」という謎の縛りがある。だから、「レコード越しの戦後史」に掲載するジャケット画像は、すべてアナログ7インチで統一したい。いくらその曲が重要なものであっても、8センチの短冊ジャケットだったら載せたくない。我ながらめんどくさい性格である。

 そして、ここがコレクターの恐ろしいところなのだが、必死に調べたところ、探しているその曲にはアナログ盤もわずかながら存在することがわかった。昭和の末期あたりは、まだラジオ局などはアナログのターンテーブルが現役で使われており、レコードを作る側は、放送でオンエアさせてもらいやすくするために、プロモ用にはCDではなく、わざわざアナログ盤をプレスして配るという習慣があったのだ。だから、なんとしてでもそれを入手したかった。だけど、どマイナー盤のプロモ用7インチなんて、探したからってすぐに出会えるものではない。

 ならば、せめて短冊CDだけでも入手しておこうか。「全部アナログ7インチで統一」の野望は成就できないが、その曲は最終章を構成する要素のひとつとして、どうしても欠かせない。だから、アナログ盤と並行して短冊CDも探していたのだけど、やっぱり出てこない。プロモ用7インチ、短冊CD、いずれにしろマイナーな曲は絶対数が少ないので、出会いはスローモーションなのである。

 いちおう、その音源自体は正式なルートでダウンロード販売されているので、押さえとして買っておいた。これによって、盤の現物は持っていないけれど、著作者にお金は支払ったので、ネット上にあるジャケット画像を連載のために使用することは、道義的にも許されるだろう。7インチのジャケットじゃないのが癪ではあるけれど。

 さて、なぜこんなことをグダグダと書いてきたかというと、実は今日、やっとその現物を手に入れたからだ。短冊CDを? いやいや、プロモ用のアナログ7インチを! シングルレコードを! 穴のあいたドーナツ盤を!

 謎の達成感で、なんだかもう最終章まで書き終えたような気分ですね。

 この曲が、どういう文脈で登場するのかは、いずれ書かれるであろう最終章を読んでのお楽しみ。