07 書籍商の標識と札幌ブックオフツアー

2012年9月マ日

 松戸市役所に開業届を提出しにいく。なんというか、ちゃんとした正式の届け出用紙があるのかと思っていたら、藁半紙にコピーを繰り返したようなヘボい感じのものが出てきて、拍子抜けした。昭和の学校かよ。ともあれ、これによって古本屋の店主としてまた一歩前進したわけだ。

 

2012年9月ニ日

 今日は「マニタ書房」のツイッターアカウント(@maneaterbooks)を作った。新しく入荷した本の情報などをお知らせするためのものだが、それよりもっと重要な役割がある。

 フリーライターとの兼業で、なおかつ、たった一人で店を運営するとなると、急な取材や仕入れの都合で、どうしてもマニタ書房は不定休の店にならざるを得ない。だから、今日は店を営業するのかどうか、営業するなら何時から何時までなのか、そうしたことを毎日つぶやくのだ。

 ※この当時、ぼくは世の中のほとんどの人がツイッターをやっていて、しかも、ぼくのように四六時中タイムラインを見ているものだと思っていたから、営業情報はツイッターでつぶやけば確実にみんなに届くと思っていた。だが、そんなわけないことはいまならわかる。せっかくマニタ書房に来てくれたのに営業しておらず、何度も無駄足を踏ませてしまったお客様には本当に申し訳ないことをしました。

 

2012年9月タ日

 古本屋に限らず、いわゆる「古物商」に分類される商店へ行くと、たいてい帳場の背後の壁に青い標識が掲げられている。古本屋の壁にも「書籍商」という標識があるのを見ている人は多いだろう。

 ここ、ちょっとややこしいので説明すると、この青い標識に「古物商」というものはない。あくまでも「古物商」というのは、古物を取り扱う業種すべての総称であって、それらは取り扱う品目によって13種類に分けられている。その内訳は「美術品商」「衣類商」「時計・宝飾品商」「自動車商」「オートバイ商」「自転車商」「写真機商」「事務機器商」「機械工具商」「道具商」「皮革・ゴム製品商」「書籍商」「チケット商」となっており、それぞれ自分が営む業種の標識を掲げることになる。したがって、書籍を中心に扱う古本屋は「書籍商」となる。

 この標識=プレートは、古物商の許可を得たからといって、自動的に支給されるわけではない。ベースとなる専用の素材を購入(4,950円!)し、特定の業者に制作を依頼するか、自分で作るかしなければいけないのだ。そう、自分で作ってもいいというのがポイント。まあ作るといってもプレートの空欄に「許可番号」と「古物商の氏名または名称」を入れるだけだから、シロウトでも問題なくできる。

 じつは、色や寸法などの規定を守ればプレート自体を自作してもいいのだが、さすがにそこまで面倒なことはしたくない。なので、ぼくは書籍商のプレートを購入し、自分で番号と名前をプリントアウトした紙をはめ込んで標識を自作した。

古本好きの人なら見覚えのある青いプレート。

2012年9月シ日

 かねてから計画していた「札幌ブックオフツアー」の始まりだ。

 古本屋なんて、どうしたって利ざやの小さな商売だから、JALANAといったFSC(Full Service Carrier)なんか使っていたら儲けも何もあったもんじゃない。でも、LCC(Low Cost Carrier)を使えば、仕入れ次第では多少の儲けが出せるはず。なにしろ今回購入した成田~新千歳の航空券が、往復で14,000円弱なのだ。これならホテル代と現地でのレンタカー代を足してもギリギリ黒字にもっていけるだろう。仮に黒字までは届かなかったとしても、3泊4日の北海道旅行をプラマイゼロで楽しめたと思えばいいのではないか?(バカの考え)。

 午後4時半、成田空港発のエアアジア便で北海道へ向かう。そして、約2時間ほどのフライトを経て、新千歳空港に到着した。JRで札幌へ出て、ホテルにチェックイン。本格的な活動は明日からなので、今夜は地元の友達と晩ごはんを食べるだけ。

 シャワーを浴びていると、スマホに「いまホテルのロビーに着いたよー」とメッセージが来た。あわてて着替えてロビーに降りていくと、漫画家の三宅乱丈が右手に生牡蠣、左手に白ワインを持って立っていた。大通り公園でフェスをやっていたので、とみさわさんに北海道の激ウマ生牡蠣を食べてもらおうと買ってきたのだと言う。ありがてぇー!

 ……と言いたいところだけど、ぼくは生牡蠣が食べられない。どんなに新鮮でも、食べたら100パーセント腹を壊す。なので、泣く泣く遠慮させてもらう(牡蠣は乱丈さんが美味しくいただきました)。

 タクシーで乱丈さんお薦めのジンギスカン屋へ。そこでラム肉をたらふく食べ、生ビールも飲み、ワインも1本空ける。さらに焼き鳥屋にも行ったりして楽しい旅の夜を過ごす。さて、いよいよ明日から本格的に札幌ブックオフ仕入れツアーのスタートだ。

 

2012年9月ヨ日

 札幌ブックオフツアー2日目。

 札幌市内にはブックオフが21軒ある(当時)。これを2日半でまわらなければならない。単純計算すると、1日あたり8軒チョイまわればなんとかなる。ただ、北海道は広いので、札幌市内とは言っても端から端までは相当な距離がある。都内で7軒まわるのとはスケール感が違うはず。それでいて、信号だらけ渋滞だらけの都内の道とは違って、札幌も市街をはずれれば、かなり快走できるだろう。そこでいかに時間を短縮できるかだ。

 あらかじめ作成しておいたルートマップに従ってクルマを走らせ、峠攻めならぬ、ブックオフ攻めをこなしていく。1軒目「あいの里店」で4冊購入、2軒目「札幌屯田店」で6冊購入、3軒目「札幌前田店」で4冊購入、4軒目「札幌宮の沢店」で13冊購入……というように、順調に買い進んでいった。

 北海道のブックオフにもちゃんと素人セドリ屋さんはやって来ていて、小型バーコードリーダーで書籍データを読み取っては、アマゾンのマーケットプレイス価格を調べたりしている。立ち読み客とは違った意味で本棚の前に長居する彼らは邪魔な存在だけれど、まあ、ぼくだってセドリに来てるわけだから文句を言えた立場じゃない。それに、彼らの獲物はビジネス書が中心なので、サブカルメインで発掘しているぼくとは競合しない。

 さらに言えば、ぼくは本職の端くれに置かせてもらった身だから、自分の目利きこそが勝負となる。そんな機械なんかに頼ってセドリをするような真似はできない。背表紙を見ただけで、“いい本”の匂いを嗅ぎ分けられなければならないのだ。長年の古本集めで培った勘が物を言う。まわりの視線を気にしながらマケプレ相場の高い本を探している人たちを尻目に、背表紙だけ流し見しながらスパスパと本を抜いてはカゴに放り込んでいく。

 5軒目「札幌琴似店」で3冊購入、6軒目「札幌麻生駅前店」で2冊購入、7軒目「北41条店」では6冊を購入。8軒目となる「札幌北店」で1冊購入したところで本日のノルマは達成したことになるのだが、まだ日没まで多少時間がある。そこで明日の予定分だった9軒目の「光星店」まで足をのばし、そこで5冊購入したところで初日の行程を終えた。ここまで9店舗をまわって48冊購入。十分満足のいく結果となった。

 

2012年9月ボ日

 札幌ブックオフツアー3日目。

 昨日は、札幌駅前のトヨタレンタカーから出発し、おもに札幌駅(函館本線)の北側エリアにある9店をまわった。今日は、札幌駅の南側ブックオフを攻めていく予定だ。

 最初に目指すブックオフが開店するのは朝10時。だいたいホテルを9時に出れば、最初のブックオフが開店するタイミングで到着できるだろう。東京都内では道路の混雑状況が読みにくい。予期せぬ渋滞や事故や工事があったりして、思いのほか時間がかかってしまう。カーナビに目的地をセットしても、算出された到着予想時間通りに着けることなど滅多にない。

 でも、平日の札幌は素晴らしい。10時着の予定でスタートしたのに、それより10分も早く10軒目の「伏古店」に到着してしまった。

 開店と同時に入店し、本を3冊購入する。特筆すべき収穫はない。自分のコレクションのためだったらそれじゃダメなんだが、商売だからいいのだ。自分が発見してテンションの上がる本と、店に並べておきたい本は必ずしもイコールではない。店の商品構成として、激レア本ばかりなのがいいのかというと、そうでもないはず。そこそこのオモシロ本がひと通り並んでいて、その中に時折『私の父は食人種』とか、『牛づくり八十年』とか、『リスを捕って売れ!』とかいった劇的な珍本が混じっていることで、棚全体が輝くというものだ。

 さらにクルマを走らせる。

 カーナビがあるから紙の地図なんかなくてもいいのだが、いちおう札幌市内のブックオフをすべて書き込んだ地図を用意しておいた。1軒クリアするごとに、これを蛍光マーカーでチェックしていく。意味はないけど楽しい。古本の仕入れに北海道まで来るという、そもそもがバカみたいな旅ではあるけれど、それを最大限に楽しむためには、こういう無駄なことが大事なのだ。

チェックリストやルートを塗りつぶす快感に勝るものなし。

 続いて11軒目「札幌菊水元町店」に到着。ここでは6冊購入。12軒目「札幌山鼻店」でも6冊購入。13軒目「札幌中の島店」で4冊購入。 14軒目「BOOKOFF PLUS 札幌川沿」で4冊購入。このBOOKOFF PLUSというのは複合店舗のことで、古本の他に、衣服や日用雑貨のリサイクル部門も含まれていたりする営業スタイルだ。東京だと渋谷のセンター街にあるのがやはりこのPLUS店だ(当時)。

 先を急ごう。15軒目「札幌西岡店」で6冊購入。16軒目「月寒東店」で5冊購入。17軒目「札幌川下店」で2冊購入。そして18軒目の「札幌南2条店」で7冊購入したところで日没となり、この日の行程を終了させた。

 なぜ日暮れでやめてしまうのか? ブックオフはたいていの店が夜10時くらいまでやっているのだから、もっとまわればいいのに、と不思議に思われる皆さんもおありでしょう。答えは簡単。「写真が撮れなくなる」から。

 ぼくは自分が行ったブックオフの外観を必ず写真におさめるようにしていて、できればそれは陽の射す明るい状態のものでありたい。だから、日没後にはブックオフには行かないようにしているのだ。これもまた、ぼくの中にいろいろとある謎のこだわりのひとつ。というわけで、この日も9軒のブックオフをまわって本を43冊購入した。昨日と併せると91冊になる。

 それにしても、せっかく北海道まで来て、名所も、旧跡も、大自然も見ず、何ひとつ観光らしいことをせずに帰るのはいかがなものかと思われるだろう。だが、放っといてほしい。ぼくにはどんな観光名所よりも、古本の背表紙がズラリと並んでいる本棚の方が、よっぽど絶景なのだから。

 

2012年9月ウ日

 札幌ブックオフツアー4日目、最終日である。

 今日まわるべきブックオフは残すところ3軒だけとなった。かなり前倒しでスケジュールをこなしてきたので、ここまで来ればもう余裕だ。しかも、ちゃんと札幌から千歳方面へ向かうルート上の店だけを残してある。ドライブ気分でブックオフをたどりながら、新千歳空港へ向かっていけばいいのだ。

 すでに書いているように、北海道の道は非常に走りやすい。予定より早く、最初のブックオフ「札幌南郷20丁目店」に着いてしまった。まだ9時47分。道路以上に広い駐車場にクルマを停め、ツイッターを見たりして時間をつぶす。ほどなくして店がオープンすると、広い店内を早足で見て歩く。

 皆さんはブックオフに行ったとき、どういうところを見るだろうか? すべての棚をまんべんなく見るのだろうか? ぼくの場合は、いつも時間との勝負でブックオフを巡回しているので、当然、すべての棚を見てまわるなんて無駄なことはしない。

 店に入り、まず最初にチェックするのは、「実用書やノンフィクションの105円均一棚(当時。現在は税込200円均一が主流になってますね)」。ここでマニタ書房に置きたくなるような本を探す。うちの在庫の約半数はこうして仕入れている。

 次に見るのは、「ノベルスや新書の105円均一棚」。といっても小説は一切見ないで、ここでも実用書に類するものだけをチェックする。そうして『お嬢さまと呼ばれたい!! 3LDKのプリンセス 川嶋紀子さんの魅力のすべて』(1990年/ブレーン出版)なんて本を掘り出すわけだ。

 最後に見るのは、「文庫の105円均一棚」の中の「新潮文庫」のコーナー。なぜそんなピンポイントな場所をチェックするのかといえば、商売の仕入れとは別に、書きかけで売られた『マイブック』を集めているからだ。これについては詳しく紹介したいのだが、他人のプライバシーに触れる恐れが多大にあるので、公の場所では難しいのが悩ましいところだ。

 というわけで、ここで購入したのは2冊。数は少なくとも、いい買い物ができた。

 続いて20軒目「札幌平岡店」では収穫がたくさんあり、13冊購入。そして、ついに最後の店「36号札幌美しが丘店」で9冊購入──。

 こうしてぼくは、札幌市内にあるブックオフ21店舗をすべて制覇した。総購入数は119冊。段ボール箱にして2箱と少し。いやー、走った走った、買った買った。

 このあと、新千歳空港そばにあるレンタカーの支店にクルマを返却し、空港内にある温泉で汗を流し、ジンギスカンに生ビールで祝杯をあげ、成田へ向かう機上の人となったのだった。