08 ちんこ書店とマニタ原人とコンセントピックス

2012年10月マ日

 マニタ書房を開業したとして、1日どれくらいのお客さんが来るだろう?

 そんなこと考えるまでもない。せいぜい一人か二人、おそらく数えるほどでしかない。だとするならば、代金を会計するためにレジスターが必要かと問えば、必要ないよね、と答えよう。

「これ(文庫)ください」
「はい200円ね」
「チャリン、チャリン」
「毎度ありー」

 わざわざレジを打つまでもなく、小銭を受け取って、台帳代わりのノートに売り上げを書き込む。千円札を出されてお釣りを渡さなければならないときは、小さな手提げ金庫から小銭を出して返す。それで十分なはずだ。

 でもさあ、せっかく実店舗をかまえるんだから、やっぱり帳場にレジスターが鎮座していてほしいよね。レジを打つと「店をやってるー」って感じがするじゃん。「古本屋ごっこ」と笑われてもいいんだ。実際、ぼくの開業はごっこみたいなもんだからさ。とりあえず形から入ろうじゃないか。

 というわけで、今日はレジスターと、店頭に立てるための看板を求めて、合羽橋までやって来た。数日前に東急ハンズへ行ってみたのだけど、望むタイプのものはなく、やっぱり店舗用の道具類は合羽橋に限るわいと、こちらへ来てみた次第。

 わかっちゃいたけど合羽橋はヤベぇね。覗く店、覗く店、おもしろいものばかり売ってる。古本屋をやるためにここへ来たはずなのに、いつの間にか飲食店をやりたくなっている!

 まあだからといって寸胴鍋を買ったり刺身包丁を買ったりすることもなく、レジスター(39,950円)とA型看板(5,040円)を購入したのだった。 

 レジスターを買うとき、店員さんに領収書をプリントするときに登録しておく店名を聞かれた。つまり、会計時に領収書を求めるお客さんのために、このレジにはボタンひとつで領収書がプリントアウトできる機能が付いているのだが、そこに店名を登録できるというのだ。

 ならば当然「マニタ書房」とすべきなのだが、それだけじゃつまらないので、「特殊古書店マニタ書房」としてもらった。すると、店のおねえさんに「特殊古書ってどういうことですか!?」と、メチャメチャ食いつかれた。ここまで開業手続きのいろんな局面で、たびたび同様の質問を受けてきたが、これは説明に困るんだよね。「特殊古書店」ではなく「珍古書店」ならわかりやすいのでは、と一瞬思ったが、口に出すと「ちんこ書店」になるので、もっとマズイ。

 

2012年10月ニ日

 ずっとマニタ書房のイメージキャラクターを作りたいと思っていて、それをお願いするなら友人でもある漫画家の堀道広さんしかいないと考えていた。メールでお願いすると二つ返事で引き受けてくれ、この日はそのデザイン案が届いたのである。

 ぼくからの「人骨だの古本だのを集めている原始人」というオーダーに対して、堀さんからはA・B・Cの3案を出してもらい、もっともぼくのイメージに近いB案を正式なキャラクターとして採用させてもらった。

鼻の位置が最高なのだ。

 今後、このデザインをTシャツなどのグッズで展開する可能性も考え、キャラデザインは使用権込みの金額で「○○万円」を提示させてもらった。そう高い金額ではないのだが、この時点でのぼくに支払える上限ギリギリの額だ。すると、堀さんは「開店祝いってことで、その半額でいいですよ」と言ってくださった。堀さん、あなたは神か。眩い光と共に、首が太くて鼻が横にずれた神様が、神保町の上空にボワワ~ンと浮かび上がった。

 マニタ書房のイメージキャラクターに特定の名前を付けることは考えていなかったが、まったくないというのもナンなので、暫定的に「マニタ原人」と呼ぶことにする。

 

2012年10月タ日

 ペヤングソースやきそばで朝食を済ませ、古本を満載したスーツケースを引っ張って駅まで急ぐ。この日は月島にある相生の里で「東京野球ブックフェア」というイベントが開催される。

 東京野球ブックフェアとは、昨年10月に第1回が開催された野球の本のお祭りだ。新刊・古本を問わず野球にまつわる書物の販売と、野球ファンや関係者によるトークイベントなどが行われる、野球が好きな人にはたまらない催しである。

 これに、我がマニタ書房も野球本の販売出店者として声をかけていただき、第1回目からブースを出しているのだ。

 かつてはSNSで「野球カード男」のアカウント名を名乗るほどだったぼくも、野球カード蒐集から足を洗った途端に野球熱は冷め、いまではスター選手の名前すら知らないという体たらくだ。それでも、マニタ書房に「野球」というカテゴリがあるのも悪くはないだろうと考え、こつこつと野球関連の珍本を集めておいた。それを、この機会に並べてみようというわけだ。会場と同時に続々お客さんが詰めかけ、さすがに東京野球ブックフェアというだけあって、持っていった本の半数ほどが買われていった。ありがたい限りである。

 日が暮れ始めた頃、フェア内イベントで「プロ野球×歌謡曲ナイト」というトークライブが始まった。司会はFPM中嶋さん、ゲストは元ジャイアンツの駒田徳広さんだ。ぼくは巨人ファンではないが、会場に遊びに来てくれていた元「よい子の歌謡曲」の上野健彦さんが見に行くというので、ぼくも同行することにした。

 いちおう歌謡曲がテーマで、歌謡曲が大好きだという駒田さんなので、それなりに楽しくお話を聞いていた。すると、中盤に差し掛かったところ駒田さんから驚きの発言が飛び出した。

「ぼくねえ、この曲が大好きなんですよ~」

 といって駒田さんがかけたレコードが、コンセントピックスの『顔』なのだ。

 ぼくは思わず隣の上野さんと顔を見合わせた。なぜなら、いまから28年前(1984年)に上野さんとぼくは渋谷の屋根裏へコンセントピックスのライブを見に行ってるからだ。もちろん彼女ら(コンセントピックスはガールズバンド)の代表曲である『顔』も演っている。そんな曲を、上野さんと一緒にいるときに、よりによってあの駒田がかけるとは! なんだこの奇妙な偶然は……。

 

201210月シ日

 マニタ書房名義の銀行口座を作らなければならない。ぼくはゲームフリークに正社員として入ったとき、会社の主要取引銀行である三井住友(当時は住友銀行)で給与振り込み用の口座を開き、それ以来ずっと個人的にも三井住友を利用してるので、マニタ書房の口座も三井住友にしたいのだが、あいにく神保町には支店がない。仕方ないので手近なところにある三菱東京UFJにするか……と思っていたら、何年か前まで中古レコード屋だったところが三井住友の支店になっていた!

 

201210月ヨ日

 店の入り口ドアの内側にポスターを貼った。貼ったのはブルック・ネヴィン主演の人喰いクワガタ映画『ビッグ・バグズ・パニック』だ。

 普段、営業中はこの鉄製ドアを開け放すつもりでいるが、締め切りなどに追われて接客どころではないときは、きっとドアを閉め切って店内で原稿を書くことになるだろう。そんなときでも訪問客は来るかもしれない。そうしたら、ドアスコープから外を覗き込み、誰が来たのかを確認する。

 ちょうど、ポスターの中央にいるブルックちゃんのヘソ部分がドアスコープと位置が一致したので、丸く穴を開けてみた。ヘソから覗くとインタホンを押したのがお客さんなのか、外回り営業なのかがわかるという仕組みだ。

大好きな人喰い昆虫映画のポスターを貼りました。

 

 ここまでに書き忘れていたことがある。

 マニタ書房を開業するにあたって、帳簿の付け方や確定申告は、会計事務所に勤務している姉にお願いすることにした。ぼくは数字を扱うのがとにかく苦手で、フリーライター業務の確定申告だけならどうにかこうにかやってこれても、兼業で古本屋を始めたとなれば、台帳を付けなければいけないし、青色申告をする必要もあるだろう。その理由は知らない。姉から「そうした方がいい」と言われたからだ。

 それで、そんなこと自分でやるのは絶対ムリー! とサジを投げて、古書店経営に関する事務作業はすべて姉にお任せすることにしたのだ。

 そんな姉から、開業が間近に迫った8月頃、「お前、開業する前に店の全商品の“棚卸し”をやっとけよ」と言われた。

 えええっ? 棚卸し?

 棚卸しという言葉自体は初耳ではない。高校時代にイトーヨーカ堂でアルバイトをしていたときも聞いたことがある。でもそれは、年度末だか期末だかにやることじゃないの? 開業前にやる必要があるの?

 あるのだ。つまり、店にいまどれだけの商品在庫があるのか、それをすべて帳簿につけておかなければ、年度末に決算するとき、どれだけの商品が売れて行ったのか、その差分を把握することができない。だから、お前の店にどの商品がどれだけあるのか、その商品名、販売価格、仕入れ値、日付、それらをすべてエクセルに記入しておけ! と命令されたのだ。

 面倒くせぇぇぇー!

 でも、エクセル大好きー! なぼくは、数日前からコツコツと店内の在庫をエクセルで作った台帳に記入しているのだった。

 開業までもう一週間を切っている。今日もたっぷり棚卸し作業をしたが、まだまだやらなければならない仕事はある。本当に28日の開店に間に合うのだろうか……。

 

2012年10月ボ日

 すでにお気づきの通り、この日記では年と月までは正確に書きつつ、日付は「マ・ニ・タ・シ・ヨ・ボ・ウ」となるように記載している。主な理由は、日付を曖昧にすることで文章量の調整が容易になるからだが、日記に登場する人物のプライバシーを守る意味もある。

 だが、この日だけは正確に書いておいた方がいいだろう。

 先ほど時計の針が深夜0時を回って、いま2012年10月27日になったところ。今日は妻の一周忌であり、そして明日28日は、いよいよマニタ書房の正式なオープン日でもある。

 正式オープンの前に、今日はこのあと昼から友人・知人に集まってもらって、店内でオープニングパーティーをやる。狭い店なので派手なことはできないが、お酒とおつまみを振舞って、ワイワイ雑談でもしようというだけのことだ。

 

 誰が来てくれたかをここに書くことはしないが、一日を終えてみればトータルで60~70人くらいは来てくれたのではないか。いつも飲んでる友達も、久しぶりの顔も、学生時代の同級生も、いろんな人が来てくれた。家族も来た。多くの人に支えられて、ようやく開業に漕ぎ着けた。本当にありがたいことである。

 明日から、ぼくは古本屋のおやじさん、になるのだ。