腹話術コレクション(レコード編)

なんで自分はこんなに腹話術師が好きなのか、その理由はわからない。ただ、むかしからピン芸人が好きな子供ではあった。

たしか20代なかばぐらいの頃、生まれて初めて大阪へ一人旅に出掛けた。関西圏の文化というものを、テレビの演芸番組でしか知らなかったおれにとって、大阪っていうのは、もうそこら中に芸人がうろうろしていて、「アホちゃうかー」とか、「なにいうてまんのやー」とか、そういう言葉が四方八方から聴こえてくるようなところだと思っていた。

で、実際、大阪に着いてみれば、いきなり町中でレッツゴー三匹がロケをやっているのに遭遇し、さらに大阪環状線に乗ってみれば真向かいの座席に腹話術漫談の川上のぼる師匠が座っていたりして、さすがにこれは他人のそら似か? と思ったが、網棚のトランクを見たら「川上のぼる」って千社札シールが貼ってあって、ものすごいびっくりした。「冗談でなく大阪ってホントに芸人だらけなんだ!」と思った。このインパクト。これで植え付けられた固定概念をくつがえすのは、容易ではない。

えーと、どの程度伝わってるかわからないけれども、それぐらいおれは腹話術師が好きだ、っていう話ね。

で、あるとき「アメリカでは腹話術師が人形と一緒にレコードを出している」という話を聞いて、そういうものを集めるようになった。日本では腹話術師というと、先の川上のぼる師匠のような芸人さんか、あるいは婦人警官が子供達への交通安全指導に利用している、というイメージが強いだろう。ところが、アメリカではどちらかというと腹話術はキリスト教布教のための小道具として使われることが多い。お人形さんを使ってありがたい説教を話しながら、宣教師がアメリカ各地を布教して回る。で、それらのトークをレコードにも吹き込んで配布、販売することで、布教の効果を高めている、というわけ。

さて、じゃあ宣教師の腹話術レコードとはどんなのかというと、たとえばこういうものだったりする。


『Trees Talk Too!/Geraldine & Rckiy』(World Records)

とてもいいジャケである。見ただけで入信してしまいそうになる。肝心の音盤の中身は、人形のリッキーくんがゴルフを教えてもらいながら自分は木製であることを神に感謝するという、ありがたいんだかなんだかよくわからないお話。

そしてもう1枚。


『Here's Joey/Joey with Phylis Barnard』(David Barnard Records)

こちらは、アメリカからニュージーランドへ渡った宣教師バーナード夫妻のレコード。ジョーイくんの典型的なヤンキーのクソガキ顔が微笑ましい。

この手のレコードはあまり日本に入ってくることはないけど、一部の趣味性の強いショップで取り扱っていることがある。代表的なのはおれもよく行く渋谷の「SONOTA」。腹話術もの以外にも、クラッとくるレコードがいっぱい揃っているのでおすすめだ。お値段は、まあソコソコします。

日本では、こういう腹話術のレコードが発売されることはないのだろうか? もちろん日本にだってキリスト教は浸透しているが、レコードで云々っていうのは見たことがないね。ただ、宗教とは関係なしに、過去1枚だけ腹話術もののレコードを見つけたことがある。前にも紹介したことがあるが、この機会にカラーでばっちりお見せしよう。


『腹話術エレジー/大空港』(1982年/ユタカミュージック)

いいでしょう、これ。いろいろな腹話術師の写真を見てきたおれだけど、これほどまでに「どっちが人形やねん!」という腹話術師は見たことがない。「大空港」っていうのはB面の曲名ではなくて、この腹話術師さんの名前。「おおぞら・みなと」って読むんだよ。

このレコード、中身も非常に素晴らしくて、人形のフクちゃんと旅をする腹話術師が、さすらいの身の悲哀を切々と歌い上げる(サビでは人形と自分とがハモる!)というものなのだ。一時期、あまりにもこのレコードが好きなので、ジャケだけを額に入れて玄関に飾ったりしていた。

結局、これ以外には、日本では腹話術師のレコードは見たことがない。

……と、ここまで書いたところで、ハタと思い出した。日本には「いっこく堂」という腹話術の人気スターがいたではないか! まさか、と思って公式サイトへ行ったら「ディスコグラフィ」という恐ろしい項目があった。