藝人春秋を読んだ

水道橋博士の話題の書、『藝人春秋』を読んだ。読む前に評判の声を各方面から聞いていたので、いまさらそこへ踏み込むのも気が引けるなあと、逡巡しつつ読んでみることになったが、そんな心配は杞憂だった。たしかにこれはすごい。

藝人春秋

藝人春秋

本書は、博士が師匠として選んだビートたけしを筆頭に、兄弟子のそのまんま東、芸人の先輩であり俳優でもある石倉三郎、芸能界最強のアナウンサーと噂される草野仁ホリエモンこと堀江貴文、バカみたいに天才過ぎる苫米地英人、他にもテリー伊藤ポール牧稲川淳二甲本ヒロトなどといった芸人(コメディアンではない人も含まれるが、芸能人もしくはエンターテイナーと解釈すれば万事オーケー)たちの逸話集だ。

漫才師を本業とする水道橋博士の書いた本なので、「芸能界おもしろ裏話レポート」みたいなものを想像していると、そのあまりの本気ぶりにショックを受けるはずだ。とにかく出てくる人物がいちいち濃い。いや、「濃い」という表現もいまとなっては手垢がついた感じがするな。自分は彼らに“破格な人”というイメージを抱いた。既成の価値では測れない、スレスレな人たちだ。そんなプライスレスな人たちの姿を、博士は様々なエピソードを積み重ねながら緻密に切り抜いていく。まるで表紙になった福井利佐氏の切り絵と呼応しているように。

博士の文体は浅草キッドの漫才の作風(芸風)とも似ていて、とにかく文章にスピードとリズム感がある。そのうえで、随所に洒落や言葉遊びを「これでもか!」というほどに詰め込んでいく。この“畳み掛け”が気持ちいい。ギャグを解説するほど野暮なことはないのを承知で、あえていくつか紹介する。

かつて甲本ヒロトが発した「中学時代、ラジオからビートルズが流れてきたからロックをはじめた!」というセリフを受けて、博士はこう返す。「中学時代、ラジオからビートたけしが流れてきたから芸人をはじめた!」と。韻を踏んでいるが、それが単にギャグのためだけで終わっていないことがわかるだろう。

博士の文章は流れるように読めるので、逆にそこへ引っかかりのある単語が出てきたら要注意。ギャグの前触れだ。三又又三の章では、「坂本龍馬マニアとは、この手の大物願望の夢想家にやたらと“多い病魔”であるが──」ときて、おや? と引っかかる。すると、そのすぐあとに『お〜い!龍馬』のタイトルが来てニヤリとさせられるという寸法だ。

「そもそも演劇音痴の三又だ。どうせ三又の三文芝居と言われるのがオチだ。」という一行なんてどうだ。三又と三文という、音ではなく“似た字面”をかぶせてくるトリッキーさにまず目を奪われるが、その影で「音痴」と「オチ」が韻を踏んでいる。

野暮はこれくらいにしよう。本書に登場する16人のうち、誰の章がもっとも心に響くか、それは読む者次第で変わるはず。自分は人生の途中で職を変えた身なので、石倉三郎氏の言葉に何度も心奪われた。それと稲川淳二氏。おれも娘が小さいときに実家へ預けていたり、早くに女房を亡くしたりしているので、家族との別れの話はたまんないんだ。

そして本編をすべて読み終え、ほっとしながら「あとがき」を読んだら一昨年に亡くなった児玉清氏の話が出てきて、追い討ちをかけられてしまった。NHK BSの「週刊ブックレビュー」で拙著『人喰い映画祭』が取り上げられた際、「ひとくいえいがさい」という不穏なタイトルを児玉さんがあの声で読み上げてくださったのは一生の想い出として残っている。訃報をきいたときには実感が湧かなかったが、博士のあとがきを読み終えた瞬間、自分も「黒いシミがボタボタッ」となった。

人喰い映画祭 【満腹版】 ~腹八分目じゃ物足りない人のためのモンスター映画ガイド~

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