11 セカンドライフとブックオフとトイレの問題

2013年1月マ日

 マニタ書房を開業して初めての新年である。新年早々ブログを更新。マニタ書房としての公式ブログは作っていないのだが、とみさわ昭仁個人としてのブログ「Pithecanthropus Collectus(蒐集原人)」に、マニタ書房の概要という記事をアップした。ここに「店の地図」と「主な取り扱いジャンル」と「古本以外の商品」と「営業時間」と「買い取りについて」の説明を書き連ねておく。ここを見てもらえばマニタ書房というのがどういうところか一目瞭然、というわけだ。

 ちなみに、初夢は「行きつけのブックオフに行ったら隣の公園で中古レコード市をやっていて、あんまり期待しないでエサ箱を漁ってみたらどこかの覆面歌手コレクターの処分品がごっそり混じっており、見たこともないような覆面歌手とか、バットマン(覆面ヒーロー)のパロディレコードとか、ぼくの知らないレコードがドサドサ出てきて狂ったように買い漁る」という夢だった。「これは夢じゃなかろうか!?」と驚いて目が覚めたわけだが、もちろん夢だ。かなりの重症である。

 

2013年1月ニ日

 いますぐ売り上げにつながるとは思えないが、10年後くらいにいい味が出てくるのではないかと思って密かに集め始めているのが「セカンドライフ」の解説本だ。セカンドライフ、わかりますかね? ウィキペディアには「3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想世界(メタバース」と書かれている。インターネットバブルよ再び!とばかりに、いろんな企業が仮想空間内に店を出したりして、なんとなく話題になったり、ならなかったり、派手にラッパを吹いたはいいものの、実際に聴こえてくるのは閑古鳥の鳴き声だけだったりする、あの空間。

 こういう新しいムーブメントがあると、それの是非や成功の可能性はさておき、まずはガイドブックや攻略本が作られる。そういうものって、時間が経つとどんどん情報が古くなるのは当然で、情報が古くなるだけならまだしも、そのサービスが不発に終わると、それらのガイドブックはまるでオーパーツのような輝きを放ち始める。いま『NIFTY‐Serveイエローページ ’96』とか新品で出てきたら化石でしょ。逆にプレミアが付く。

 で、いま(※2013年)は、ちょうどセカンドライフのガイドブックが、まったくなんの役にも立たず、でも化石になるほどには熟成されておらず、古本市場では二束三文でごろごろしてるという状態。マニタ書房では、そういうものをコツコツと掘っていきたいわけですよ。

 さすがに「セカンドライフ」という仕切り版を作るのは時期尚早だけど、とりあえず集めた5冊ほどのセカンドライフ本は「パソコン」の棚に並べてある。全っ然っ売れる気配はないけどね。

セカンドライフにはブックオフの支店もあった。行っておけばよかったなー。

2013年1月タ日

 ぼくの読者だという方が遠方よりご来店。『よい子の歌謡曲』の頃から読んでくれているそうだから、かなり長いこと応援していただいているようだ。店内をじっくりと眺めた末、厚めの本をまとめ買いしてくださった。これは本当にありがたいこと。金額の高い本が売れるのもいいけれど、たとえ安くても厚みのある本が売れるのもまた嬉しいのだ。ズバッと空いたスペースに、薄い本ならたくさん補充できるからね。新年、もう少し休んでいようかとも思ったが、頑張って出勤して、店を開けておいてよかった。

 

2013年1月シ日

 自分が行ったことのあるブックオフをチェックするために、公式サイトにある支店のリストをExcelに移している。以前はただ既訪店の名前を箇条書きにしておく程度だったが、それだと全貌が把握できない。まず全体がどれだけあるのかをすべて書き出し、すでに踏破した店舗にチェックを入れていく。これがチェックリスト作りの基本だ。そうすることで、自分がいま全ブックオフ踏破旅のどの位置にいるかが把握できる。……って、おれはいつの間に「全ブックオフ踏破旅」なんてものに出発してしまったのか。だが、やり始めてしまったら止められない。

 北は北海道から南は九州・沖縄まで、日本国内すべての支店に番号を付けて上から並べていく。いずれ訪問するときのために住所はもちろん、駐車場の有無、店舗のサイズを書き込む欄も必要だ。営業時間はほぼすべての店舗が午前10時オープンなので、わざわざ欄を作る必要はないだろう。ごく稀にフランチャイズ店で「午前8時開店」とか「午後23時まで営業」などという店があるので、そういうときだけ備考欄に書いておけばよい。

 あとは「初訪問」と「最終訪問」の日付。これは後々になっていろいろ振り返るときのために必要だ。こういうところに自分のマニアックな性格が反映されている。だが、すべての支店の「標高」まで書き込むのはやり過ぎなのではないか。でも、これをやったおかげで日本一高いところにあるブックオフ山梨県の富士吉田店で、日本一低いところにあるのが愛知県の大治店であることが知れた。知ってどうする。

 日がな一日そんな作業に没頭して、日本全国ブックオフのリストが完成。全894店(当時)のうち、167店を訪問済みであることがわかった。過去の日記からのピックアップ漏れがあるので、おそらく実際には175店くらいは行ってるはず。これから先、マニタ書房の仕入れという名目であちこちのブックオフへ行くことになるだろうから、この訪問数は加速度的に増えていくはずだ。実に楽しみである。

 

2013年1月ヨ日

 昼。弁当の用意がないので、店を10分だけ閉め、ダッシュで近所の蕎麦屋へ行ってイカ天そばを食う。たった一人で店を運営していると、このように食事ひとつするにも苦労する。いや、食事以上に重要なのがトイレである。

 以前、せんべろ古本トリオで国立周辺をツアーしていたときのことだ。とある古本屋の戸をガラリと開けたら、パニクった表情の店主に「すみません、トイレに行きたいので10分後にあらためて来ていただけませんか?」と言われたことがある。あのときは笑ってしまったな。せんべろ古本トリオのツアーは古本屋と酒場をハシゴする旅なので、「じゃあ、このタイミングでガソリンを入れに行こう」と、近所にある餃子の満洲に入り、ビールを飲みながら時間を潰したのだった。

 マニタ書房は、そう頻繁にお客さんが来る店ではないので、トイレに行くタイミングが取れなくて困るということは滅多にない。ただ、酒飲みの常としてぼくはお腹が緩みがちだから、お客さんがいるときに便意を催すという危険はある。いつだったか、お客さんが長居しているときにお腹がくだり始め、心の中で(買うにせよ買わないにせよ早く退店し!)と念じていた。ようやく何冊かの本をレジに差し出されたので、(やっとトイレに行ける!)と感謝しながらレジを打っていたら、トントントンと次のお客さんが階段を上がってきてしまった。万事休す。まあ、入店したばかりのお客さんはしばらく棚を眺めているだろうから、バックヤードへ本を取りに行くようなフリをしてトイレに入ってウンコしましたけど。

 

2013年1月ボ日

 マニタ書房もいちおうは実店舗なので、店の固定電話くらい引いておくべきなのでは? と思ったりもしたが、少し考えて、電話で在庫を問い合わせてくるような人はうちの客じゃないな、と思って引くのをやめた。何があるのかは店に来てからのお楽しみ。マニタ書房はそんな場所でありたい。

10 痕跡本と竹内力とマニタ書房の壁面メディア

2012年12月マ日

 古本の世界に「痕跡本」というものがある。これは愛知県で古書店「五っ葉文庫」を営んでおられる古沢和宏さんが提唱している概念だ。

 前の持ち主によって落書きなどが施された本は、一般的に「汚れ」や「キズ物」扱いとなって商品価値が下がってしまうものだが、稀に単なる汚れとして切り捨てるには惜しいものもある。それを集めて「なぜ前の持ち主はそんな落書きをしたのか?」「なぜそんな複雑な傷がついたのか?」といった理由を勝手に想像したり、考察したりするのである。古沢さんは『痕跡本のすすめ』(太田出版)、『痕跡本の世界』(ちくま文庫)といった著書で、その魅力を解説してくれている。ぼくも古沢さんの著書を書評で取り上げたり、ご本人とトークイベントをやるなどして、微力ながらそのおもしろさを広めるお手伝いをしている。

 で、ある日のことだ。ふらりとうちの店にやってきたお客様が、「あの……痕跡本ってないですか?」と言うのだ。一瞬どういうことかわからなかったが、ようするに古沢さんが著書で紹介しているようなおもしろい痕跡本が欲しいのだろう。

 いやしかし、それを店主に問い合わせますかね? 痕跡本に興味を持つ人が増えるのは同志として嬉しいことだけど、そういうものは人に教えてもらうのではなく、自分で見つけることに意味があるんです。なんなら、痕跡本の価値の半分は「発見するという行為」の方にあると言ってもいい。

 実は、帳場に座るぼくの背後には個人的に集めた痕跡本が何冊もあったのだけど、そのお客様には「うちの在庫にはないですねえ……」と応えるしかなかった。

 

2012年12月ニ日

 今日は店を開ける前に午前中から所沢へ行き、彩の国古本まつりを堪能してきた。ここは所沢駅前に立つビルの大ホールに複数の古本屋さんが集まって行われるかなり大規模な古本市で、年に3~4回は開催されている。古本屋になる前からたびたびに足を運んでいたが、いざ自分が古本屋になってみると、今度はこれがいいセドリ場所にもなってくれる。

 およそ2時間くらいかけて端から端までチェックし、マニタ書房の棚が似合いそうな珍書やバカな実用書、ムシのいい健康法の本などを数冊購入した。ここの古本市では手ぶらで帰ったことがない。それくらい自分と相性がいい。

 今回、いちばんの収穫といえるのが『竹内力セーターブック』だった。

 爽やか青春スターのイメージで売り出していた頃の竹内力が、セーターの編み方を指南する手芸本のモデルを務めている。そのこと自体にはなんの面白味もないはずなのだが、後の萬田銀次郎や岸和田のカオルちゃん役のイメージを知っていると、そのギャップのデカさがたまらない魅力となる。この時点では市場価値なんてないも同然の本だから、売値は250円だった。でも、こういうのってマニタ書房的には3,000円くらいの価値はあるだろう。

 素晴らしい収穫を抱え、店を開けるために神保町へ来たら、ドアの前でお客様が開店を待っていてくれた。いつもいつも営業時間が不規則で申し訳ないことだ。

「今日は所沢へセドリに行って来たんですよ~」などと言い訳をしながら、買ってきたばかりの『竹内力セーターブック』を見せしたら、そのお客様が爆笑して「売って欲しい」とおっしゃる。仕入れから間をおかずに売れてしまうなんて、こんな効率のいいことはないのだが、さて、いくらにしよう。さすがにセドったときの価格が書かれたままのものを3,000円で売るのは気が引ける。かといって、500円くらいでは手放す気になれない。2,000円……と言いたいところだったが、お初のお客様でもあるのでもうちょい値を下げ、1,000円でお買い上げいただいた。

これは翌年に沖縄のブックオフ仕入れたやつ。このときは105円だった。

 その後は、閉店までずっと仕入れた本の値付けと本棚の整理をして過ごす。本の配置を少し変更して、新たに「毛」「刑罰」「皇室」「ギャンブル」「政治家」「水商売」というジャンルが増えた。「毛」って。我ながら「毛」って。

 

2012年12月タ日

 本日発売の雑誌「BRUTUS 746号」は「男を知る本、女の知る本。」という特集。その中に〈個性派本屋がつくった「男棚」「女棚」〉というコーナーがあり、マニタ書房も男棚として参加させてもらっている。

 マニタ書房の男棚は「女性に読んでもらいたい、男ってバカだけどカワイイがわかる本」というテーマである。わざわざ選書しなくてもマニタ書房にはバカな男が選んだ本しか並んでいないのだから、在庫のすべてがそうだとも言えるわけだが、それじゃ収拾がつかない。なので「格闘技」「発明」「人喰い人種」「冒険家」「埋蔵金」「野球」といったジャンルから、いかにも男ってバカね~と思わせる本をセレクト。

 で、せっかくだから「BRUTUS」の発売に合わせて、誌上で紹介している本の現物を集めたコーナーを店内にも作ってみた。

清原の顔面力が目を引くコーナーができました。

2012年12月シ日

 漫画『サザエさん』にまつわるあれこれを研究した『磯野家の謎』という本がある。1992年の12月に発売されるや、たちまち初版の2万部を売り尽くし、半年後には180万部を超える大ヒットとなった。以後、続々と有名作品を研究した類書が刊行され、いわゆる「謎本」と呼ばれるジャンルが形成されていった。

 ぼく自身は、書物としての謎本にはまったく食指を動かされないのだが、その一方で「これを集めたら蒐集の遊びとしてはいいバゲームランスだろうなあ」という気持ちにもなる。そのため、ブックオフ巡りをしているときに謎本を見かけると、つい手を出してしまいそうになる。だが、もちろん集めたりはしない。マニタ書房にそんなコーナーを設けたところで、いまさら誰も買ってくれるはずがないからだ。

 マニタ書房の経営は、そんなギリギリの判断によって成立している。

 

2012年12月ヨ日

 ふと、店のブログでも始めようかと思う。仕入れた本の書影に簡単な紹介文をつけて並べる。通販はしない方針だけど、ブログで見て興味を覚えた本は、実際に店に来れば買える。これはいい販売促進になるのではないか? そう考えたのだ。

 でも、やっぱりダメかと諦める。ブログといえども、入荷情報(商品データ)を掲載すると、それは営業用のウェブサイトと見做されるので、警察にURLを届け出ないとならないのだ。通販取引のための窓口にしていなければセーフのような気もするが、ちゃんと調べるのも面倒なので、結局ブログはやらないことにした。

 古書ビビビさんがやっているように、オススメの本や新入荷した本をTwitterでつぶやく程度にしておくのが、マニタ書房にもちょうどいいのかもしれない。

 

2012年12月ボ日

 特殊古書店マニタ書房を開業して、早くも2ヶ月が経った。

 かつて根本敬が登場したとき、その独自すぎる作風で漫画ファンの間に衝撃が走った。もちろんぼくもビックリして、そして大ファンになった。やがて、根本さんは「特殊漫画大統領」を自称するようになる。プリミティブな画力で人間の因果を浮き彫りにする作風は、まさしく特殊漫画の名にふさわしい。

 世界の殺人鬼に詳しい柳下毅一郎は、あまり普通の人が手掛けないタイプの本ばかり翻訳することから「特殊翻訳家」と自称している。彼もまた特殊漫画の登場に衝撃を受けた一人なのだろう。特殊翻訳家という肩書きが、根本敬からの影響であることは想像に難くない。

 で、彼らのそんな肩書きが、ぼくはずっと羨ましかった。人から肩書きを尋ねられて「ライターです」「ゲームデザイナーです」と答えるたびに、内心では「ぼくも“特殊なんとか”って名乗りたいなあ」と思っていた。

 でも、そういうわけにはいかなかった。だって、そう名乗るには自分の書いてきた原稿は少しも特殊じゃなかったし、自分が制作に携わってきたゲームはメジャー過ぎたから。

 メジャーなことは別にイヤじゃない。むしろ、あれほどの世界的大ヒット作に関われたことを誇らしいとさえ思う。思うけれど、いまとなっては「……もういいか」という気持ちでもある。この部分は我ながら複雑な心理だ。

 まあ、とにかくそれで、メジャー感というものとはまるで正反対のところにある商売を始めることにした。それが古本屋だった。これまで好きでコツコツと集めてきた変な本専門の古本屋を。

 店を始める準備をしているときに、人から「どういうお店なんですか?」と幾度となく訊かれた。しかし、自分の店で取り扱う本のジャンルはひと言では答えようがない。だからアバウトに「サブカルがメインの古本屋ですよ」と答えることが多かった。そうすると相手は余計にわかんなくなって、みんな首をかしげていた。そんなとき、ハッと思いついたのが例の肩書きだ。

 うちは「特殊古書店」だ! いいぞいいぞ、特殊古書店は口にしたときの響きもいい。これから積極的に使っていこう。

 特殊古書店は、特殊な本を扱っている古書店でもあるが、店主である自分の特殊な趣味を手掛かりにして本が集められた場所でもある。本を集めて分類するというのは、言い換えれば「編集」だ。すなわちそれは「メディア」と言うこともできる。

 

 先日、編集者の赤田祐一さんが店に来てくれた。そう、彼こそが『磯野家の謎』を企画してベストセラーにした張本人であり、角川ホラー大賞で審査員に「不快だ」と言われて受賞を逃していた『バトルロワイヤル』を拾い上げて100万部超のベストセラーにしたり、私財を投じて雑誌「Quick Japan」を創刊したり、とにかく日本のサブカル界にこの人あり、と言われる名編集者だ。

 もちろん、ぼくも赤田さんの大ファンで、ずっとその仕事を追いかけてきた。同じ業界にいるのだからいずれ会うことがあるだろうと思ってはいたが、これまでご本人と会う機会は訪れなかった。そうしたら、ちゃんとマニタ書房という特殊な古本屋が出現したことを嗅ぎ付けて、わざわざあちらから店に足を運んでくれた。自分で言うのもなんだけど「さすが」だと思った。そして、ここには深い意味がある。

 優れた編集者は、世の中に埋もれているおもしろいものを独自の嗅覚で探し出し、それらを編集して雑誌や書籍、すなわちメディアに載せる。そこに読者は吸い寄せられる。赤田さんが編集するメディアに、ぼくも吸い寄せられてきたわけだ。

 そしてぼく自身も、日本中の古書店の棚に埋もれているおもしろい本を集めてきては、それを独自のジャンルに組み替えて、棚に並べている。つまり、マニタ書房の壁面本棚は、ぼくが編集したメディアだ。だから来店してくれるお客さんは、ぼくのメディアの読者である。そこに赤田さんが吸い寄せられてきてくれたということは、なんだか彼とぼくとの間で目に見えないリングがつながった感じがするじゃないか。

 ああ、自分は間違ってなかった、と思う。

 店が開いていない日も多い不誠実な営業スタイルで、お客様にはご不便ばかりおかけしている特殊古書店マニタ書房だけど、来年はもっと真面目に店を開けようと思う。別に本を買わなくても、棚を見に来てくださるだけでも大歓迎ですよ。

 

2012年12月ウ日

 このあいだ、電車の中でふと自分の着てるダウンジャケットの胸元を見たら、ブックオフの値札シールが張り付いていた。よく、漫画家の肘にスクリーントーンの切れ端が付いていたなんて笑い話があるけれど、マニタ書房の店主には値札シールがついていたか。

 しかし、スクリーントーンならいいけれど、ブックオフの値札だとぼく自身が「105円」みたいでなんか嫌だ。

09 顔と名前と窓際本棚と名古屋ツアー

2012年11月マ日

 ついに開業した! 学生時代から古本屋という場所が大好きだった自分が、古本屋の主人になってしまった。それも神保町のまん真ん中で。

 小学生のとき最初に憧れた職業の落語家にはならず、漫画家にもなれず、イラストレーターにもなれなかったけれど、大人になって憧れた雑誌ライターにはなることができたし、80年代後半の花形職業であるゲームデザイナーにもなれた。そのうえ大好きな古本屋にもなれてしまうなんて!

 とはいっても古本屋という仕事には華々しいことなど何もなく、ただ一日中ぼんやりとレジの前に座ってカビ臭い本に値付けをしているだけだ。噂を聞きつけて来てくれたお客さんは多かったが、大半は二、三の言葉を交わし、レジで精算を済ませたら帰っていく。でも、それで十分。それ以上、何も望むことはない。

 フリーランス稼業が長いので、人と会う機会は多い。交換した名刺は家に山ほどある。だが、そのうち顔と名前が結びつく人は半分もいない。自分が相貌失認症だと思ったことはないが、そもそも短期記憶が弱いので、いろんなことをすぐ忘れる。

 店なんか始めたら、人と会う機会は飛躍的に増えるだろう。その一方で、これからは脳がますます老化していって、元より頼りなかった記憶力が更に衰えていくはずだ。つまり、どんどん人の顔が覚えられなくなる。覚えてもすぐ忘れる。

 だからここで言っておきたい。

 過去にぼくと会ったことがあるという皆さん! マニタ書房へ遊びに来て、ニコッと笑いかけられても、かなりの高確率でぼくはアナタの顔や名前を覚えていないはず。ぼくが「いらっしゃいませ~」といった通り一遍の挨拶しか返さなかったら、それはきっと顔と名前が一致してないだけなのだとわかってほしい。決して、あなたを拒絶しているわけではないのだ。

 

2012年11月ニ日

 本日最初のお客様が、値付け1,000円の本を買っていってくださった。これで今日も売り上げはゼロではない、ということになる。たかだか1,000円と侮るなかれ。この積み重ねが大事なのだ。

 飲みに行ったら1,000円、2,000円をパカパカ使ってしまうぼくだが、いざ、自分で店を始めてみると、千円札一枚を稼ぐのがどれだけ大変なことかがよくわかる。それを実感させられる毎日である。

 子供の頃、夢中になって見ていたドラマ『細うで繁盛記』の冒頭で、新珠美千代は次のようなナレーションを語っていた。

銭の花の色は清らかに白い。だが蕾は血がにじんだように赤く、その香りは汗の匂いがする

 マニタ書房の壁は清らかに白いが、酒びたり店主の顔はいつも赤く、屁の香りはホップの匂いがする──。

 先月末の開業以来、マニタ書房はまだ一日しか休んでいない。このままでは「不定期営業」の名がすたる。今日こそ休んでやろう! と思ったりもするのだが、前日の売り上げを銀行の口座に振り込んで、通帳に記載された残高が増えていくと喜びがじんわりと込み上げて来て、また今日も店のシャッターを開けてしまうのだ。

 開業する前は、週のうち半分くらいは休んでもいいんじゃないか、なんてことを思っていたのだが、いざ店を始めてみると、お客さんが来てくれることがとても嬉しくて、つい毎日のように店を開けしまう。当たり前といえば当たり前のことだけど、ぼくは長いこと当たり前とは無縁のところで生きてきたので、こんな当たり前の日常が新鮮に感じられる。

 

2012年11月タ日

 ネットで見つけた店舗用什器を取り扱う業者に書店用本棚3台分の見積りを頼んでおいた。

 A社「本棚代金85,000円+送料50,000円」

 B社「本棚代金130,000円+送料20,000円」

 送料が高いのは、うちはエレベーターなしの4階なので、別途人件費が上乗せされるためだ。いずれにしろ、どちらも高すぎるので却下。

 そうこうするうちに中古什器を扱うC社を見つけたので、問い合わせたところ「希望のものが在庫有り」とのこと。こちらは本棚代金60,000円+送料25,000円で、合計85,000円也。予算は10万円以内を想定していたので、ここに決まり。背面パネルのあるタイプなので、これを白山通りに面した壁一面の窓を塞ぐように設置すれば、マニタ書房の本棚は完成となる。

奥に見えるのがC社の本棚を組み立てたもの。
日当たりが一気に悪くなったが、古本屋というのはそれでいいのだ。

2012年11月シ日

 いくら神保町の真ん中といっても、エレベーターのないビルの4階なので、お客さんの来訪は途切れがちだ。いちばん多いときでも同時に3組のお客さんが重なるくらいがせいぜい。それでもちょこちょこ本が売れて、それが地道に売り上げにつながっていくのはありがたい。ときにたくさん売れれば万々歳だ。

 だが、売れていく本の数よりも、仕入れる本の数の方が少なければ、店頭在庫は痩せ細っていく。

 古書組合に入っていれば、定期的な競り市などで在庫を補充できるが、うちのような野良古書店は、自分で買取りをするか、もしくは他所の古書店からセドリをしてこない限り、在庫が増えることはない。だからブックオフ巡りをしているわけなのだが、正直言って効率は悪い。それはブックオフ巡りが悪いのではなく、わざわざ旅費をかけて北海道だの沖縄だのに行ってる自分の頭が悪いのだ。でも、それを変えるつもりもない。今後、どのようにして仕入れの量を増やしていくか。それはマニタ書房の将来のためにも、とても重要な問題なのである。

 

2012年11月ヨ日

 とかなんとか言ってるそばから、名古屋に来てしまいました!

 名古屋市内にあるブックオフ17店(当時)を、3日間ですべて回ろうという、いつもの旅である。今回は自分でマイカーを運転して、千葉県の松戸市から愛知県の名古屋市までやって来た。

 午前7時に家を出て、途中で首都高の大渋滞に引っかかってしまい、名古屋に着いたときはもう午後2時半。つまり7時間以上もかかったことになる。大急ぎで、予定していたブックオフを見て回る。

 さすがは名古屋だ。つい先日うちの店で売れたばかりの『つぼイノリオの聞けば聞くほど』を、ここに来てすでに3冊も見つけた。まあ、浮かれて3冊すべて買い漁ってもしょうがないので、とりあえず2冊だけ補充しておくことにする。

 結局、この日は首都高を抜けるのに予想外の時間がかかってしまい、当初の計画よりも2時間ほど遅れたわけだが、なんとか初日のノルマであるブックオフ6軒のうち5軒を回ることができたので、まあ上出来だ。

 その後、ホテルにチェックインして、シャワー浴びて、近場にあるもう1軒のブックオフをチェック。こうして初日の業務を終えたところで、のんびりと名古屋の夜を楽しみに出かけるのである。

 

2012年11月ボ日

 あれやこれやあって名古屋の最終日。ここまでに買った本の冊数をかぞえてみたら、14店を回って購入した本はトータルで120冊だった。今日はあと3店+古書市にも顔を出すので、このままで行くと札幌での119冊/21店を遥かに凌駕するペースだ。

 名古屋でのブックオフ巡りは主要の足がマイカーなので、荷物が重くなるとか、宅配便で送る手間とか、そういう面倒を考えなくていい。それがまた買いすぎを加速させる。あるいは。単純に愛知県という土地にはマニタ書房向きの本が多い、ということがあるのかもしれない。なんたって、つぼイノリオ先生とか、金のシャチホコとか、とりいかずよし先生とか、そういう過剰な何かを生み落としやすい土地だから。

 朝食は適当に見つけた店のカレーうどんで済ませ、名古屋古書会館の「名鯱会」(地元の古書マニア向けに開かれる古書市)にやって来た。シャッターの前には、まだかまだかとオープンを待つネズミ色の服装の老人たち。この光景は東京も名古屋も変わらない。

開場と同時に古本の山に群がる人たち。いい景色!

 そして1時間後。

 いやあ、すごかった。東京古書会館(神保町)、西部古書会館(高円寺)、南部古書会館(五反田)、反町古書会館(東神奈川)での古書市には慣れていたが、名古屋のそれはまたひと味違うものだった。開場前の老人たちの熱気も、場内の埃の量も、比べ物にならなかった。その一方で、値段は都内よりも断然安い。これは定期的に遠征して来たいと思わせる場所だった。

 1階ガレージの100円均一コーナーから11冊、2階のメイン会場で本を4冊と、ドーナツ盤を6枚ばかり購入。これにて名古屋市内のブックオフ全17店と、古書会館を制覇した。はたして帳簿的にプラスになるのか、ならないのか、そんなことは考えてもしょうがない。人生は一度きり。とにかく楽しかったんだからオール・オッケーだ。

08 ちんこ書店とマニタ原人とコンセントピックス

2012年10月マ日

 マニタ書房を開業したとして、1日どれくらいのお客さんが来るだろう?

 そんなこと考えるまでもない。せいぜい一人か二人、おそらく数えるほどでしかない。だとするならば、代金を会計するためにレジスターが必要かと問えば、必要ないよね、と答えよう。

「これ(文庫)ください」
「はい200円ね」
「チャリン、チャリン」
「毎度ありー」

 わざわざレジを打つまでもなく、小銭を受け取って、台帳代わりのノートに売り上げを書き込む。千円札を出されてお釣りを渡さなければならないときは、小さな手提げ金庫から小銭を出して返す。それで十分なはずだ。

 でもさあ、せっかく実店舗をかまえるんだから、やっぱり帳場にレジスターが鎮座していてほしいよね。レジを打つと「店をやってるー」って感じがするじゃん。「古本屋ごっこ」と笑われてもいいんだ。実際、ぼくの開業はごっこみたいなもんだからさ。とりあえず形から入ろうじゃないか。

 というわけで、今日はレジスターと、店頭に立てるための看板を求めて、合羽橋までやって来た。数日前に東急ハンズへ行ってみたのだけど、望むタイプのものはなく、やっぱり店舗用の道具類は合羽橋に限るわいと、こちらへ来てみた次第。

 わかっちゃいたけど合羽橋はヤベぇね。覗く店、覗く店、おもしろいものばかり売ってる。古本屋をやるためにここへ来たはずなのに、いつの間にか飲食店をやりたくなっている!

 まあだからといって寸胴鍋を買ったり刺身包丁を買ったりすることもなく、レジスター(39,950円)とA型看板(5,040円)を購入したのだった。 

 レジスターを買うとき、店員さんに領収書をプリントするときに登録しておく店名を聞かれた。つまり、会計時に領収書を求めるお客さんのために、このレジにはボタンひとつで領収書がプリントアウトできる機能が付いているのだが、そこに店名を登録できるというのだ。

 ならば当然「マニタ書房」とすべきなのだが、それだけじゃつまらないので、「特殊古書店マニタ書房」としてもらった。すると、店のおねえさんに「特殊古書ってどういうことですか!?」と、メチャメチャ食いつかれた。ここまで開業手続きのいろんな局面で、たびたび同様の質問を受けてきたが、これは説明に困るんだよね。「特殊古書店」ではなく「珍古書店」ならわかりやすいのでは、と一瞬思ったが、口に出すと「ちんこ書店」になるので、もっとマズイ。

 

2012年10月ニ日

 ずっとマニタ書房のイメージキャラクターを作りたいと思っていて、それをお願いするなら友人でもある漫画家の堀道広さんしかいないと考えていた。メールでお願いすると二つ返事で引き受けてくれ、この日はそのデザイン案が届いたのである。

 ぼくからの「人骨だの古本だのを集めている原始人」というオーダーに対して、堀さんからはA・B・Cの3案を出してもらい、もっともぼくのイメージに近いB案を正式なキャラクターとして採用させてもらった。

鼻の位置が最高なのだ。

 今後、このデザインをTシャツなどのグッズで展開する可能性も考え、キャラデザインは使用権込みの金額で「○○万円」を提示させてもらった。そう高い金額ではないのだが、この時点でのぼくに支払える上限ギリギリの額だ。すると、堀さんは「開店祝いってことで、その半額でいいですよ」と言ってくださった。堀さん、あなたは神か。眩い光と共に、首が太くて鼻が横にずれた神様が、神保町の上空にボワワ~ンと浮かび上がった。

 マニタ書房のイメージキャラクターに特定の名前を付けることは考えていなかったが、まったくないというのもナンなので、暫定的に「マニタ原人」と呼ぶことにする。

 

2012年10月タ日

 ペヤングソースやきそばで朝食を済ませ、古本を満載したスーツケースを引っ張って駅まで急ぐ。この日は月島にある相生の里で「東京野球ブックフェア」というイベントが開催される。

 東京野球ブックフェアとは、昨年10月に第1回が開催された野球の本のお祭りだ。新刊・古本を問わず野球にまつわる書物の販売と、野球ファンや関係者によるトークイベントなどが行われる、野球が好きな人にはたまらない催しである。

 これに、我がマニタ書房も野球本の販売出店者として声をかけていただき、第1回目からブースを出しているのだ。

 かつてはSNSで「野球カード男」のアカウント名を名乗るほどだったぼくも、野球カード蒐集から足を洗った途端に野球熱は冷め、いまではスター選手の名前すら知らないという体たらくだ。それでも、マニタ書房に「野球」というカテゴリがあるのも悪くはないだろうと考え、こつこつと野球関連の珍本を集めておいた。それを、この機会に並べてみようというわけだ。会場と同時に続々お客さんが詰めかけ、さすがに東京野球ブックフェアというだけあって、持っていった本の半数ほどが買われていった。ありがたい限りである。

 日が暮れ始めた頃、フェア内イベントで「プロ野球×歌謡曲ナイト」というトークライブが始まった。司会はFPM中嶋さん、ゲストは元ジャイアンツの駒田徳広さんだ。ぼくは巨人ファンではないが、会場に遊びに来てくれていた元「よい子の歌謡曲」の上野健彦さんが見に行くというので、ぼくも同行することにした。

 いちおう歌謡曲がテーマで、歌謡曲が大好きだという駒田さんなので、それなりに楽しくお話を聞いていた。すると、中盤に差し掛かったところ駒田さんから驚きの発言が飛び出した。

「ぼくねえ、この曲が大好きなんですよ~」

 といって駒田さんがかけたレコードが、コンセントピックスの『顔』なのだ。

 ぼくは思わず隣の上野さんと顔を見合わせた。なぜなら、いまから28年前(1984年)に上野さんとぼくは渋谷の屋根裏へコンセントピックスのライブを見に行ってるからだ。もちろん彼女ら(コンセントピックスはガールズバンド)の代表曲である『顔』も演っている。そんな曲を、上野さんと一緒にいるときに、よりによってあの駒田がかけるとは! なんだこの奇妙な偶然は……。

 

201210月シ日

 マニタ書房名義の銀行口座を作らなければならない。ぼくはゲームフリークに正社員として入ったとき、会社の主要取引銀行である三井住友(当時は住友銀行)で給与振り込み用の口座を開き、それ以来ずっと個人的にも三井住友を利用してるので、マニタ書房の口座も三井住友にしたいのだが、あいにく神保町には支店がない。仕方ないので手近なところにある三菱東京UFJにするか……と思っていたら、何年か前まで中古レコード屋だったところが三井住友の支店になっていた!

 

201210月ヨ日

 店の入り口ドアの内側にポスターを貼った。貼ったのはブルック・ネヴィン主演の人喰いクワガタ映画『ビッグ・バグズ・パニック』だ。

 普段、営業中はこの鉄製ドアを開け放すつもりでいるが、締め切りなどに追われて接客どころではないときは、きっとドアを閉め切って店内で原稿を書くことになるだろう。そんなときでも訪問客は来るかもしれない。そうしたら、ドアスコープから外を覗き込み、誰が来たのかを確認する。

 ちょうど、ポスターの中央にいるブルックちゃんのヘソ部分がドアスコープと位置が一致したので、丸く穴を開けてみた。ヘソから覗くとインタホンを押したのがお客さんなのか、外回り営業なのかがわかるという仕組みだ。

大好きな人喰い昆虫映画のポスターを貼りました。

 

 ここまでに書き忘れていたことがある。

 マニタ書房を開業するにあたって、帳簿の付け方や確定申告は、会計事務所に勤務している姉にお願いすることにした。ぼくは数字を扱うのがとにかく苦手で、フリーライター業務の確定申告だけならどうにかこうにかやってこれても、兼業で古本屋を始めたとなれば、台帳を付けなければいけないし、青色申告をする必要もあるだろう。その理由は知らない。姉から「そうした方がいい」と言われたからだ。

 それで、そんなこと自分でやるのは絶対ムリー! とサジを投げて、古書店経営に関する事務作業はすべて姉にお任せすることにしたのだ。

 そんな姉から、開業が間近に迫った8月頃、「お前、開業する前に店の全商品の“棚卸し”をやっとけよ」と言われた。

 えええっ? 棚卸し?

 棚卸しという言葉自体は初耳ではない。高校時代にイトーヨーカ堂でアルバイトをしていたときも聞いたことがある。でもそれは、年度末だか期末だかにやることじゃないの? 開業前にやる必要があるの?

 あるのだ。つまり、店にいまどれだけの商品在庫があるのか、それをすべて帳簿につけておかなければ、年度末に決算するとき、どれだけの商品が売れて行ったのか、その差分を把握することができない。だから、お前の店にどの商品がどれだけあるのか、その商品名、販売価格、仕入れ値、日付、それらをすべてエクセルに記入しておけ! と命令されたのだ。

 面倒くせぇぇぇー!

 でも、エクセル大好きー! なぼくは、数日前からコツコツと店内の在庫をエクセルで作った台帳に記入しているのだった。

 開業までもう一週間を切っている。今日もたっぷり棚卸し作業をしたが、まだまだやらなければならない仕事はある。本当に28日の開店に間に合うのだろうか……。

 

2012年10月ボ日

 すでにお気づきの通り、この日記では年と月までは正確に書きつつ、日付は「マ・ニ・タ・シ・ヨ・ボ・ウ」となるように記載している。主な理由は、日付を曖昧にすることで文章量の調整が容易になるからだが、日記に登場する人物のプライバシーを守る意味もある。

 だが、この日だけは正確に書いておいた方がいいだろう。

 先ほど時計の針が深夜0時を回って、いま2012年10月27日になったところ。今日は妻の一周忌であり、そして明日28日は、いよいよマニタ書房の正式なオープン日でもある。

 正式オープンの前に、今日はこのあと昼から友人・知人に集まってもらって、店内でオープニングパーティーをやる。狭い店なので派手なことはできないが、お酒とおつまみを振舞って、ワイワイ雑談でもしようというだけのことだ。

 

 誰が来てくれたかをここに書くことはしないが、一日を終えてみればトータルで60~70人くらいは来てくれたのではないか。いつも飲んでる友達も、久しぶりの顔も、学生時代の同級生も、いろんな人が来てくれた。家族も来た。多くの人に支えられて、ようやく開業に漕ぎ着けた。本当にありがたいことである。

 明日から、ぼくは古本屋のおやじさん、になるのだ。

07 書籍商の標識と札幌ブックオフツアー

2012年9月マ日

 松戸市役所に開業届を提出しにいく。なんというか、ちゃんとした正式の届け出用紙があるのかと思っていたら、藁半紙にコピーを繰り返したようなヘボい感じのものが出てきて、拍子抜けした。昭和の学校かよ。ともあれ、これによって古本屋の店主としてまた一歩前進したわけだ。

 

2012年9月ニ日

 今日は「マニタ書房」のツイッターアカウント(@maneaterbooks)を作った。新しく入荷した本の情報などをお知らせするためのものだが、それよりもっと重要な役割がある。

 フリーライターとの兼業で、なおかつ、たった一人で店を運営するとなると、急な取材や仕入れの都合で、どうしてもマニタ書房は不定休の店にならざるを得ない。だから、今日は店を営業するのかどうか、営業するなら何時から何時までなのか、そうしたことを毎日つぶやくのだ。

 ※この当時、ぼくは世の中のほとんどの人がツイッターをやっていて、しかも、ぼくのように四六時中タイムラインを見ているものだと思っていたから、営業情報はツイッターでつぶやけば確実にみんなに届くと思っていた。だが、そんなわけないことはいまならわかる。せっかくマニタ書房に来てくれたのに営業しておらず、何度も無駄足を踏ませてしまったお客様には本当に申し訳ないことをしました。

 

2012年9月タ日

 古本屋に限らず、いわゆる「古物商」に分類される商店へ行くと、たいてい帳場の背後の壁に青い標識が掲げられている。古本屋の壁にも「書籍商」という標識があるのを見ている人は多いだろう。

 ここ、ちょっとややこしいので説明すると、この青い標識に「古物商」というものはない。あくまでも「古物商」というのは、古物を取り扱う業種すべての総称であって、それらは取り扱う品目によって13種類に分けられている。その内訳は「美術品商」「衣類商」「時計・宝飾品商」「自動車商」「オートバイ商」「自転車商」「写真機商」「事務機器商」「機械工具商」「道具商」「皮革・ゴム製品商」「書籍商」「チケット商」となっており、それぞれ自分が営む業種の標識を掲げることになる。したがって、書籍を中心に扱う古本屋は「書籍商」となる。

 この標識=プレートは、古物商の許可を得たからといって、自動的に支給されるわけではない。ベースとなる専用の素材を購入(4,950円!)し、特定の業者に制作を依頼するか、自分で作るかしなければいけないのだ。そう、自分で作ってもいいというのがポイント。まあ作るといってもプレートの空欄に「許可番号」と「古物商の氏名または名称」を入れるだけだから、シロウトでも問題なくできる。

 じつは、色や寸法などの規定を守ればプレート自体を自作してもいいのだが、さすがにそこまで面倒なことはしたくない。なので、ぼくは書籍商のプレートを購入し、自分で番号と名前をプリントアウトした紙をはめ込んで標識を自作した。

古本好きの人なら見覚えのある青いプレート。

2012年9月シ日

 かねてから計画していた「札幌ブックオフツアー」の始まりだ。

 古本屋なんて、どうしたって利ざやの小さな商売だから、JALANAといったFSC(Full Service Carrier)なんか使っていたら儲けも何もあったもんじゃない。でも、LCC(Low Cost Carrier)を使えば、仕入れ次第では多少の儲けが出せるはず。なにしろ今回購入した成田~新千歳の航空券が、往復で14,000円弱なのだ。これならホテル代と現地でのレンタカー代を足してもギリギリ黒字にもっていけるだろう。仮に黒字までは届かなかったとしても、3泊4日の北海道旅行をプラマイゼロで楽しめたと思えばいいのではないか?(バカの考え)。

 午後4時半、成田空港発のエアアジア便で北海道へ向かう。そして、約2時間ほどのフライトを経て、新千歳空港に到着した。JRで札幌へ出て、ホテルにチェックイン。本格的な活動は明日からなので、今夜は地元の友達と晩ごはんを食べるだけ。

 シャワーを浴びていると、スマホに「いまホテルのロビーに着いたよー」とメッセージが来た。あわてて着替えてロビーに降りていくと、漫画家の三宅乱丈が右手に生牡蠣、左手に白ワインを持って立っていた。大通り公園でフェスをやっていたので、とみさわさんに北海道の激ウマ生牡蠣を食べてもらおうと買ってきたのだと言う。ありがてぇー!

 ……と言いたいところだけど、ぼくは生牡蠣が食べられない。どんなに新鮮でも、食べたら100パーセント腹を壊す。なので、泣く泣く遠慮させてもらう(牡蠣は乱丈さんが美味しくいただきました)。

 タクシーで乱丈さんお薦めのジンギスカン屋へ。そこでラム肉をたらふく食べ、生ビールも飲み、ワインも1本空ける。さらに焼き鳥屋にも行ったりして楽しい旅の夜を過ごす。さて、いよいよ明日から本格的に札幌ブックオフ仕入れツアーのスタートだ。

 

2012年9月ヨ日

 札幌ブックオフツアー2日目。

 札幌市内にはブックオフが21軒ある(当時)。これを2日半でまわらなければならない。単純計算すると、1日あたり8軒チョイまわればなんとかなる。ただ、北海道は広いので、札幌市内とは言っても端から端までは相当な距離がある。都内で7軒まわるのとはスケール感が違うはず。それでいて、信号だらけ渋滞だらけの都内の道とは違って、札幌も市街をはずれれば、かなり快走できるだろう。そこでいかに時間を短縮できるかだ。

 あらかじめ作成しておいたルートマップに従ってクルマを走らせ、峠攻めならぬ、ブックオフ攻めをこなしていく。1軒目「あいの里店」で4冊購入、2軒目「札幌屯田店」で6冊購入、3軒目「札幌前田店」で4冊購入、4軒目「札幌宮の沢店」で13冊購入……というように、順調に買い進んでいった。

 北海道のブックオフにもちゃんと素人セドリ屋さんはやって来ていて、小型バーコードリーダーで書籍データを読み取っては、アマゾンのマーケットプレイス価格を調べたりしている。立ち読み客とは違った意味で本棚の前に長居する彼らは邪魔な存在だけれど、まあ、ぼくだってセドリに来てるわけだから文句を言えた立場じゃない。それに、彼らの獲物はビジネス書が中心なので、サブカルメインで発掘しているぼくとは競合しない。

 さらに言えば、ぼくは本職の端くれに置かせてもらった身だから、自分の目利きこそが勝負となる。そんな機械なんかに頼ってセドリをするような真似はできない。背表紙を見ただけで、“いい本”の匂いを嗅ぎ分けられなければならないのだ。長年の古本集めで培った勘が物を言う。まわりの視線を気にしながらマケプレ相場の高い本を探している人たちを尻目に、背表紙だけ流し見しながらスパスパと本を抜いてはカゴに放り込んでいく。

 5軒目「札幌琴似店」で3冊購入、6軒目「札幌麻生駅前店」で2冊購入、7軒目「北41条店」では6冊を購入。8軒目となる「札幌北店」で1冊購入したところで本日のノルマは達成したことになるのだが、まだ日没まで多少時間がある。そこで明日の予定分だった9軒目の「光星店」まで足をのばし、そこで5冊購入したところで初日の行程を終えた。ここまで9店舗をまわって48冊購入。十分満足のいく結果となった。

 

2012年9月ボ日

 札幌ブックオフツアー3日目。

 昨日は、札幌駅前のトヨタレンタカーから出発し、おもに札幌駅(函館本線)の北側エリアにある9店をまわった。今日は、札幌駅の南側ブックオフを攻めていく予定だ。

 最初に目指すブックオフが開店するのは朝10時。だいたいホテルを9時に出れば、最初のブックオフが開店するタイミングで到着できるだろう。東京都内では道路の混雑状況が読みにくい。予期せぬ渋滞や事故や工事があったりして、思いのほか時間がかかってしまう。カーナビに目的地をセットしても、算出された到着予想時間通りに着けることなど滅多にない。

 でも、平日の札幌は素晴らしい。10時着の予定でスタートしたのに、それより10分も早く10軒目の「伏古店」に到着してしまった。

 開店と同時に入店し、本を3冊購入する。特筆すべき収穫はない。自分のコレクションのためだったらそれじゃダメなんだが、商売だからいいのだ。自分が発見してテンションの上がる本と、店に並べておきたい本は必ずしもイコールではない。店の商品構成として、激レア本ばかりなのがいいのかというと、そうでもないはず。そこそこのオモシロ本がひと通り並んでいて、その中に時折『私の父は食人種』とか、『牛づくり八十年』とか、『リスを捕って売れ!』とかいった劇的な珍本が混じっていることで、棚全体が輝くというものだ。

 さらにクルマを走らせる。

 カーナビがあるから紙の地図なんかなくてもいいのだが、いちおう札幌市内のブックオフをすべて書き込んだ地図を用意しておいた。1軒クリアするごとに、これを蛍光マーカーでチェックしていく。意味はないけど楽しい。古本の仕入れに北海道まで来るという、そもそもがバカみたいな旅ではあるけれど、それを最大限に楽しむためには、こういう無駄なことが大事なのだ。

チェックリストやルートを塗りつぶす快感に勝るものなし。

 続いて11軒目「札幌菊水元町店」に到着。ここでは6冊購入。12軒目「札幌山鼻店」でも6冊購入。13軒目「札幌中の島店」で4冊購入。 14軒目「BOOKOFF PLUS 札幌川沿」で4冊購入。このBOOKOFF PLUSというのは複合店舗のことで、古本の他に、衣服や日用雑貨のリサイクル部門も含まれていたりする営業スタイルだ。東京だと渋谷のセンター街にあるのがやはりこのPLUS店だ(当時)。

 先を急ごう。15軒目「札幌西岡店」で6冊購入。16軒目「月寒東店」で5冊購入。17軒目「札幌川下店」で2冊購入。そして18軒目の「札幌南2条店」で7冊購入したところで日没となり、この日の行程を終了させた。

 なぜ日暮れでやめてしまうのか? ブックオフはたいていの店が夜10時くらいまでやっているのだから、もっとまわればいいのに、と不思議に思われる皆さんもおありでしょう。答えは簡単。「写真が撮れなくなる」から。

 ぼくは自分が行ったブックオフの外観を必ず写真におさめるようにしていて、できればそれは陽の射す明るい状態のものでありたい。だから、日没後にはブックオフには行かないようにしているのだ。これもまた、ぼくの中にいろいろとある謎のこだわりのひとつ。というわけで、この日も9軒のブックオフをまわって本を43冊購入した。昨日と併せると91冊になる。

 それにしても、せっかく北海道まで来て、名所も、旧跡も、大自然も見ず、何ひとつ観光らしいことをせずに帰るのはいかがなものかと思われるだろう。だが、放っといてほしい。ぼくにはどんな観光名所よりも、古本の背表紙がズラリと並んでいる本棚の方が、よっぽど絶景なのだから。

 

2012年9月ウ日

 札幌ブックオフツアー4日目、最終日である。

 今日まわるべきブックオフは残すところ3軒だけとなった。かなり前倒しでスケジュールをこなしてきたので、ここまで来ればもう余裕だ。しかも、ちゃんと札幌から千歳方面へ向かうルート上の店だけを残してある。ドライブ気分でブックオフをたどりながら、新千歳空港へ向かっていけばいいのだ。

 すでに書いているように、北海道の道は非常に走りやすい。予定より早く、最初のブックオフ「札幌南郷20丁目店」に着いてしまった。まだ9時47分。道路以上に広い駐車場にクルマを停め、ツイッターを見たりして時間をつぶす。ほどなくして店がオープンすると、広い店内を早足で見て歩く。

 皆さんはブックオフに行ったとき、どういうところを見るだろうか? すべての棚をまんべんなく見るのだろうか? ぼくの場合は、いつも時間との勝負でブックオフを巡回しているので、当然、すべての棚を見てまわるなんて無駄なことはしない。

 店に入り、まず最初にチェックするのは、「実用書やノンフィクションの105円均一棚(当時。現在は税込200円均一が主流になってますね)」。ここでマニタ書房に置きたくなるような本を探す。うちの在庫の約半数はこうして仕入れている。

 次に見るのは、「ノベルスや新書の105円均一棚」。といっても小説は一切見ないで、ここでも実用書に類するものだけをチェックする。そうして『お嬢さまと呼ばれたい!! 3LDKのプリンセス 川嶋紀子さんの魅力のすべて』(1990年/ブレーン出版)なんて本を掘り出すわけだ。

 最後に見るのは、「文庫の105円均一棚」の中の「新潮文庫」のコーナー。なぜそんなピンポイントな場所をチェックするのかといえば、商売の仕入れとは別に、書きかけで売られた『マイブック』を集めているからだ。これについては詳しく紹介したいのだが、他人のプライバシーに触れる恐れが多大にあるので、公の場所では難しいのが悩ましいところだ。

 というわけで、ここで購入したのは2冊。数は少なくとも、いい買い物ができた。

 続いて20軒目「札幌平岡店」では収穫がたくさんあり、13冊購入。そして、ついに最後の店「36号札幌美しが丘店」で9冊購入──。

 こうしてぼくは、札幌市内にあるブックオフ21店舗をすべて制覇した。総購入数は119冊。段ボール箱にして2箱と少し。いやー、走った走った、買った買った。

 このあと、新千歳空港そばにあるレンタカーの支店にクルマを返却し、空港内にある温泉で汗を流し、ジンギスカンに生ビールで祝杯をあげ、成田へ向かう機上の人となったのだった。

06 暴走族本とせんべろ古本トリオと委託販売

2012年8月マ日

 かつて暴走族に関する本の出版ブームがあった。『俺たちには土曜しかない』(二見書房)、『止められるか、俺たちを』(第三書館)、『ザ・暴走族』(第三書館)などなど。ぼくが高校生の頃だから、1979~1980年頃のことだろうか。ぼくが通っていた高校は、まあはっきり言ってBE-BOP-HIGH SCHOOLだったので、クラスの7割くらいは不良もしくは暴走族で、彼らはこぞってそういう暴走族の本を買い求め、憧れの眼差しで見ていた。なんなら地元の先輩とかが載っていたのかもしれない。

 これらの本はけっこうな部数が刷られ、全国的に売れたと思うのだが、これをいま古書店の店頭で見かけることは、ほとんどない。いざ探すと、当時あんなに出回っていたはずの暴走族関連本が、まったく見当たらないのだ。そして、市場に出ないということは、たまに出てくると必然的に高値がつく。たとえば『止められるか、俺たちを』をネットオークションで検索すると、スタート価格が軒並み5,000円以上だったりする。

 つまり、最初の出版ブームから30年以上の時を経て、いまふたたび暴走族本はブームが来ているのだ。

 なんでこんなことになっているかというと、綺麗な状態のモノがほとんど残っていないからだ。暴走族本っていうのは、そもそもが「本を粗末にする人たち」がメインの購買者だったからね。大半は読み捨てられて消えてしまった。わずかに残っているものも、カバーがないのは当たり前。折れや破れだらけのものばかりなのだ。だからカバーがあり、状態の良いものには高値が付く。

 古本屋の店主は、市場で希少になっているものを安く仕入れて、それに適正な価格をつけて売る。これが基本だ。暴走族カルチャーが大好きなぼくは、当然マニタ書房でもそうした本を取り扱いジャンルのひとつとして設けたいのだが、いかんせん仕入れができない。ネットで5,000円で買って、店頭に1万円の値札を付けて並べたところで、誰が買うというのか。

 古物商のオヤジが本当にやるべきことは、すでに価値の定まったものに乗っかって、ほんのちょっとの差額を得ることじゃない。いまはまだ価値がないけれど、これから価値が出るかもしれないジャンルを見つけることだ。ブームを作ることだ。

 それで、ぼくがマニタ書房の開店準備をするにあたり、「暴走族本」の次に来るであろうブームの予測として何にターゲットを絞ったかというと、それは「心霊写真集」だ。これらも、ぼくが小・中学生の頃に大量に出版された一大ジャンルだが、いまはほとんど姿を消している。だが、古本市場にはけっこうたくさん残っていて、しかも、安いのだ。だいたい1冊あたり100円前後で手に入る。

 これはやがてブームが来るに違いない。近いうちきっと再評価されるだろう。そうなったら値が上がる……。

 そう思って、ぼくはいまコツコツと集めている。

 

2012年8月ニ日

 本日は、店内に新たに商品陳列用の棚を2台と、在庫収納ボックスを兼ねた椅子を4台搬入した。この棚は作業テーブルの前に置き、店主イチ押しの本や小物などを陳列するスペースにするつもりだ。

 4台入れた椅子というのは、スナックにある四角いスツールみたいなもので、腰を下ろす部分が蓋になっていて開けると中には物が収納できる。本だったら40~50冊は余裕で入るので、いい在庫置場になりそうだ。

 

2012年8月タ日

「古書」と「古本」とは何が違うんだろうか。

 いちおう業界的には、

 古書:絶版になってからの期間が長く、高値が付いているもの

 古本:絶版かどうかは問わず、比較的新しめの古本

 という分け方はあるようなのだが、そこに明確な線引きはない。古書市に朝から行列するような人はともかく、普通の人にはその違いなんてどうでもいいことだ。しかし、古本狂いの人たちは、どちらの言葉にもつい身体が反応してしまう。それどころか、似たような文字列すら古書や古本に空目して、心をざわつかせてしまうのだ。

 以前、せんべろ古本トリオで古書店巡りツアーをやったとき、日が暮れた夜道に煌々と光る「古着」の看板に、一瞬、駆け寄りそうになって笑ったことがある。「古着」と「古書」では、字面は似てるが全然違う。

 それから、地元松戸市の住宅街を運転していたら、唐突に「ヘアーサロン古本」という看板が目に飛び込んできて、急ブレーキを踏んだこともある。美容室と古本屋さんのハイブリッド? そんな素敵な店があるのか!? と、慌てて空き地に車を停めて看板を確認しに行ったら、古本(ふるもと)さんという人が経営している美容室だった。

少し離れた空き地にクルマを停め、写真におさめた。

2012年8月シ日

 本日のミッションは、店で売るレコード(ドーナツ盤)用の仕切り板の分類ラベルを作ることだ。仕切り板は専用のものがディスクユニオンで普通に売っていたので、必要な数だけ買ってきた。これに分類ラベルを自作して挟み込むのだ。

 マニタ書房では、古本こそ変な品揃えであるのをセールスポイントにしているが、レコードはそこまで変なものが仕入れられるわけではない。というか、仕入れたらぼくが自分のものにしちゃうからね。店頭に並ぶレコードは、基本的にはぼくのコレクションから不要になったものを放出する、というスタイルだ。他の中古レコード屋へ持ち込むよりは少しでも高く売れたらいい、そんな感じ。なので分類はざっくりとした感じで十分。

 まず「洋楽」と「邦楽」に分け、「洋楽」は数が少ないので細分化することはしない。「邦楽」はさらに「男性」と「女性」に分ける。そのうえで、歌手名から探しやすいように「あ行」「い行」「う行」……といったように分類する。こうしたラベルをパソコンで作って印刷し、カッターで切り出してプラスチック製の仕切り板に挟み込めば完成だ。レコ屋みたいで気持ちい。

 

2012年8月ヨ日

 この日は「せんべろ古本トリオ」で、東武東上線を攻めるツアーを敢行した。

 せんべろ古本トリオというのは、アダルトメディア研究家の安田理央さん、特殊翻訳・映画評論家の柳下毅一郎さんと組んでいるユニットだ。それぞれややこしい肩書きが付いているが、簡単に言えば三人ともフリーライターだ。執筆業を営んでいて、古本屋に興味のない人間などいないだろう。もちろんぼくらも無類の古本屋好きだ。そして、大の酒好きでもある。そんな三人が、せんべろ──たった千円でべろべろになるまで酔える(比喩として)酒場に朝から集合し、ターゲットを定めた鉄道沿線の古本屋を巡っては、その合間合間にまた酒場に飛び込み、収穫を見せ合いながら飲む。そんな楽しすぎる遊びだ。

 第5回となる東武東上線ツアーの集合は、池袋の「大都会」。ここは24時間営業している酒の不夜城だ。軽いつまみ1品に酎ハイを2杯だけ飲んでエンジンをかけてから出発。池袋駅から東武東上線に乗る。もちろん、車中でも古本トークに花が咲く。

「かつて東京には古書会館が東西南北に4カ所あったんだよね」

「白虎、朱雀、玄武、青龍みたいなもんか」

「でも、この辺(中板橋近辺)にあった北部古書会館はなくなっちゃった」

「まだ会館自体はあるけど一般公開をしてないんだよ」

「それで四神の均衡が崩れたから魔(ブックオフ)が侵入してきた……」

 とかなんとか、そんなドーデモイイ話をしているうちに大山駅に到着。大山では、まず「ブックマート」を軽くチェックし、続いて「ぶっくめいと」へ。しかし、こちらはまだシャッターが開いていなかった。普段は見られないシャッターにはハムスターと思しきキャラクターが描かれていたのだが、その脇に「え・高野文子」の文字が。これって、あの高野文子だろうか?

この絵のタッチから高野文子さんっぽさは感じられない。

 さらに「銀装堂」を訪問するが、またシャッターが降りていた。2軒続けて閉店はきついな~と思ったが、時刻は10時58分。まだ開店前なのだった。11時の開店とともに入店。ぼくはここで人喰い映画のDVDを1枚購入した。

 続いて「大正堂」へ向かうが、こちらもまたシャッターが降りている。張り紙も何もないので状況がわからないが、営業が始まる気配がないので移動。徒歩で「ブックオフ中板橋駅北口店」へ向かう。ブックオフ好きのぼくとしては期待が高まるが、これといった収穫はなかった。そんなもんだ。

 と、こんな感じで一軒一軒のことを克明に書いているといつまでも終わらない。なので店名だけ一気に書き残しておくと、このあと東武練馬で「ブックランド」「和光書店」、下赤塚で「司書房」「ブックオフ下赤塚駅南口店」、みずほ台で「かすみ書房(閉店)」「古本市場」、上板橋で「ネオ書房」「林屋書店」と訪ねて回った。最後は上板橋の「養老の瀧」で、反省会と称する収穫の見せ合いっこをして解散だ。

 しかし、こうして古本屋巡りをしていると、たびたび「閉店」に直面することがある。そう、古本屋というのは、まちがいなく衰退しつつある業種なのだ。そんな商売を、いまからわざわざ始めようとするぼくは、なんと無謀なのだろう。なんと無計画なのだろう。そして、なんと愉快な人生なのだろう。

 

2012年8月ボ日

 本日は『蒐集原人 4号』の配本をする日で、新宿三丁目の「模索舎」、西新宿の「ビデオマーケット」、中野の「タコシェ」をまわって納品してきた。

 この日記に『蒐集原人』の名前が出るのは初めてなので、少し説明が必要だ。そもそも「蒐集原人」というのは、ぼくがやっているコレクションネタを中心としたブログ(皆さんがいま読んでいるここ)のタイトルで、そこに書き溜めた記事をまとめたのが『蒐集原人 ○号』という小雑誌だ。これを、上記のような自費出版物を扱ってくれているショップに、委託もしくは買い切りで置かせてもらっている。

 自費出版物の取り扱い書店への配本という作業は、その昔『よい子の歌謡曲』のスタッフをやっていたときにも経験している。が、ぼくはこうした事務作業が壊滅的にできない性格なので、とにかく苦労の連続だ。

 本当なら、自分がこれから始めるマニタ書房でも、他社の自費出版物をどんどん受け入れ、委託販売をすれば、店に古本だけの商品構成とは違った活気が生まれることはわかっている。でも、それによって生じる帳簿とか伝票とか売掛金とか、これまで自分の人生とは無縁だった言葉がドカーンとのしかかってくることが怖い。そんな作業を自分がこなせるとは到底思えない。

 だから、マニタ書房は原則として委託販売はしないことにする。唯一受け入れるのは「ぼくが気に入った本」を「頒布価格の7掛け」で「こちらの指定した冊数を買い取れる」ときだけだ。

05 仕切板とブックオフ巡りと純粋なコレクター

2012年7月マ日

 古本屋になったらやりたかったことのひとつに「仕切板の製作」がある。店内の在庫をジャンルごとに分類して、お客さんにそれと認識してもらうための板だ。とくに、我がマニタ書房は分類が特殊なことをセールスポイントにしようと思っているので、どんなジャンルを設けるかを考えることは、非常にワクワクする行為だ。

 本棚の仕切り板にプロ仕様のものがあるのかどうかはわからないが、プラ板か何かで代用することはできるだろう。そういうときは、渋谷の東急ハンズへ行けばいい。

 最初に模型用品を扱うフロアへ行き、プラ板を見てみたが、ちょっとお高い。最終的に何枚必要になるかわからないが、10枚や20枚では済まないはず。これをすべてプラ板で賄おうとすると経費がかさむ。

 そこで、ふと思いついて文具のフロアへ行ってみた。そう、プラスチックの下敷きだ。これだってプラ板の一種なのだ。厚みもちょうどいい。この下敷きを半分に切って2枚にすれば、想定している寸法(うちの本棚に挿して4センチほど前に飛び出る)に、ぴったりのサイズであることがわかった。飛び出た部分にジャンル名を書くのだ。

 とりあえず、白い下敷きを20枚購入する。これで40のジャンルを作ることができる。いずれ足りなくなったら、また下敷きを追加購入すればいい。

 店に戻って、さっそく作業を始めよう。

コツコツと運び込んだ本を棚に並べていく。古書マニアにとってたまらん瞬間。

 カッターで下敷きのセンターにスジを入れ、パキッと割る。お客様が怪我をしないようカドも落として、紙やすりで滑らかにする。この程度の作業は、元プラモ少年にはなんの苦労もない。出来上がった仕切板には、ラッカー塗料でジャンル名を書いていく。

「アイドル」「オカルト」「音楽」「格闘技」「ゲーム」……この辺はどこの本屋にもあるジャンルかもしれない。

日本兵」「ハウツー本」「ヤクザ」「UFO」……ちょっとあまり見たことがないジャンルが出てきた。

「極端配偶者」「刑罰」「秘境と裸族」「人喰い」……さすがにこんなジャンルを設けている本屋はないだろう。

 最初「秘境と裸族」は、「秘境」と「裸族」で別ジャンルにしてみたのだが、いざそれに合わせて在庫を振り分けていくと、どうも座りが悪い。富士の樹海に関する本(秘境)とピグミー族の本(裸族)を一緒にするのはおかしいと思って分けていたわけだが、そうした例は思ったほど多くはなく、最終的には合体させることにした。結果的に「秘境と裸族」は語感もいいし、マニタ書房の見所ポイントになる(ような気がする)だろう。

 

2012年7月ニ日

 時間はかかったが、古物商の申請は無事に通ったと連絡が来たので、神田警察署まで許可証を受け取りに行く。店から歩いて行けるのは本当にありがたい。

 受付で要件を告げると、例によって生活安全課へ案内される。廊下の椅子に座って順番待ちをしていると、目の前を捕縄されたおネエさんが通り過ぎていった。そうなのだ、ぼくは古物商の申請でここに来ているが、本来、生活安全課というところは違法風俗の捜査や賭博の摘発などを担当する部署なのだ。

 と、ぼんやり考えているうち、無事に古物商の営業許可証が発行された。これで、今日からぼくは古物商である。

大きさはクレジットカードをひとまわり大きくしたくらい。

 この許可証さえあれば、古本はもちろん、それに類する古物を買い取ることができる。もう少し運転免許証に近いものを予想していたが、ビニール製でペナペナだ。

 中に記載されている項目も、交付番号と日付とぼくの住所氏名くらいで素っ気ない。9,000円も払ったのにこれかー。

 ひとつおもしろいのは「行商」を(する・しない)のチェック欄があることだ。ぼくの場合は、何かの古本市に出店する可能性を考えて、それが行商に値するかどうかはわからないが、いちおう(する)にしておいた。

 

2012年7月タ日

 古本屋をやろうと決めた日から、度々ブックオフ巡りを実行している。そして、次に行きたいのは札幌ブックオフ巡りツアーだ。調べたところ、札幌市内にはブックオフの支店が23店舗あるようだ。これを何日かに分けてレンタカーで回る。移動の合間には、うまい味噌ラーメンやスープカレーを食う。夜はジンギスカンで生ビールだ。どう考えても楽しいに決まってる。

 問題は、どうやって行くかだ。空路で行くか、鉄路で行くか。

 様々なルートを調べてみたところ、茨城の大洗から苫小牧までフェリーで行くという方法があることに気がついた。茨城なら自宅からも行きやすい。マイカーに乗ったまま北海道まで行ければ、現地でレンタカーを借りることもないし、仕入れた本を宅配便で送る必要もない。かなりの経費の節約になるだろう。

 これしかない! と勇んで料金を調べてみて、愕然とした。フェリーに乗用車を載せてもらう料金って、予想していた以上に高いのな。乗用車と人間一人で合計6~7万円くらいする。もちろん、マイカーを北海道まで運んでしまったら、帰りもフェリーで帰ってくるしかない。つまり、交通費だけで14万近くかかってしまうのだ。ありえない……。

 それと、時間もかかり過ぎることがわかった。老いた母と小学生の娘を置いてそう長いこと家を留守にはできない。せいぜい5日間がいいところだ。

 

 最初に考えてみたプランは、以下の3つ。

 

 A案「行きも帰りも海路」

 大洗~苫小牧をフェリーにして、札幌でのブックオフ巡りに3日を費やす。すでに計算したように、この方法だと往復で約140,000円かかる。

 

 B案「行きは陸路、帰りは海路」

 常磐道東北道をたどりつつ3日ほどかけて車で北上(高速代が約15,000円)。津軽海峡だけフェリーを使い(約24,000円)、札幌で1日ブックオフめぐりをしたら、5日目に苫小牧からフェリーで一気に大洗まで帰って来る(約70,000円)。往復を合計すると約110,000円。

 

 C案「行きも帰りも空路」

 我が家は成田空港にも行きやすい。そこで、成田~新千歳をLCCで往復(約12,000円)する。現地ではレンタカーを3日間借りる(約20,000円)。合計すれば32,000円。さすがはLCC、これがいちばん安上がりのルートだ。ただし、この場合は大量に発送することになる宅配便代がプラスされる。でも、箱ひとつ1500円だとして10箱送ったところでせいぜい15,000円だから、上記の2案よりずっと安いのだ。

 

 本心を言えば、一ヶ月くらいかけて千葉から札幌までのブックオフを点々と巡りながら往復してみたいし、もっと言えば丸一年かけて日本中のブックオフを回りたいが、そういうわけにもいかないのだ。

 

2012年7月シ日

 古本屋を始めるのだと言うと、「せっかくコレクションしたものを手放すのは辛くない?」と聞かれることがある。心配してくれてありがとう。でも、全然平気なんだよね。なぜなら、ぼくはコレクターだから。より正確に言うなら、ぼくは“純粋な”コレクターだからだ。

 たとえばカメラが大好きで、年代物の名機を手元に置いてその形状の違いを愛でたりする人がいる。そういう人はカメラのコレクターではない。カメラを愛している人だ。アロハシャツが好きで、気に入った柄を見つけるたびに買い込んで、その日の気分に合わせて着て歩く人。そういう人もアロハコレクターではなくて、アロハを愛している人だ。

 じゃあ、集めたものを使ったりしないで、大切に保管している人がコレクターなのかというと、それも違う。そういう人だってやっぱりその対象物を愛してる人だ。使うか使わないかは関係ない。

 一方、ぼくは古本が大好きで、あちこちの古本屋とか古書市に出掛けていっては、自分のアンテナにビビビと来る本を探し出して集めることをする。だから、他人からは古本コレクターだと思われているだろう。それは間違っていない。でも、手に入れた古本を愛しているかと言うと、とくにそんなことはないんだ。

 ぼくは古本を探すために出掛けることが好きで、古本の山の中からいい本を掘り出す瞬間が好きで、それを分類するのが好きで、棚に並べたりするのが好きだけど、そこまでの過程を味わったら、あとは手放してもいいの。集めたものへの愛着はあんまりないんだよね。ただ、集める過程だけが好きな自分こそ「純粋なコレクター」ではないのかと、ぼくはわりと真剣に思っているんだけど、ここはなかなか理解されにくい。

 若い頃は、まだこういう考えにまでたどり着けていなかったから、集めたものへの愛着があるような錯覚はしていた。でも、いまはハッキリとそうでないことがわかったので、手放すことに躊躇いはない。むしろ、本を手放すことで幾許かのお金になり、その資金でまた本を探しに行ける(=探す楽しみを味わえる)なら、最高じゃないか。これが、古書店の開業を決断するに至った、最大の理由だ。